2017年6月24日土曜日

県大会~梅雨のさなか

ごぶさたしとります。
春からばたばたばたとやっていたら、あっという間に6月も下旬。
その間、まあ細々とクライミングは続けておりました。
ブログを更新しなかったのは、忙しかったのもありますが、
住んでいる家に未だにネット環境がないだけで・・・早く整えなきゃ。

先週末は年に一度の県大会でした。今年の会場はアチーブ。
今年は当然のように練習できていなかったわけですが、
それにしてはまだまともな登りが出来たかな、というところ。
最終的な結果は総合で3位タイ。ルールにより、今年は国体代表にはなれませんでした。
結果に不満があるわけでも、満足したわけでもないですが、
来年は今年よりもいい登りが出来るように、今から頑張っていこうと思います。
「来年は今年よりも」この一点につきます。

さて今日は大ザル、いまし監督と不動沢へ。
例年であれば梅雨入りして、そろそろ雨ばかりでダメな季節になるはずが、
今日はカラッとしていい天気、いいコンディションだった。
弁天岩は標高2000メートルちかいので、まだ防寒着が必要だった。
大ザルがPを念入りにリハーサルしている間に、
こちらは前に来た時にロープをかけておいた「ターミナル」(5.12c 2P)を探る。
サル左衛門が登って以来、トライしたという話を全く聞かないこのルート。
実際にぶら下がって見てみると、実にいいライン。
船のへさきのように突き出したカンテに向かって絶妙に弱点がつながっている。
カンテの上にちょうどいいスタンスがあってピッチが切れているのもいい。
ただ、プロテクションはかなりシビアな様子。
今日はフィックスロープで1P目を下から上までだいたいバラしてみた。
前半にある10cだかのワイドがまずしんどい。しかもランナウト。
加えて、フェースに出てコーナーに入ってから一気にプロテクションが悪くなる。
最後はエイリアンの青くらいを1個入れてボルダームーヴ。
12cと言われればそんな気もするが、実際13あってもいいのかもしれない。

大ザルは入念なアップの後、本気トライで昨秋の最高到達点を少し更新。
良い動きだったものの、やっぱりヨレとパンプが問題らしい。
それに、後半のフレークは精神的にも堪える様子。
「中日新聞くらいの厚みしかない」とか言ってます。
しかし、本人曰く厳しいのはあと4手。
だんだんと、その日その時が近づいてきているようです。
あとは、条件次第だろうか。

2017年5月5日金曜日

次を探したい

今日はまた大ザルと不動沢へ。
今回は近場で、前烏帽子と烏帽子のルートを登りに行った。

GW真っ只中ということで、植樹祭会場はどえらい賑わい。
駐車場が溢れかえって、キャンプ場も飽和状態。ひえー。
ボルダーはさぞかし人が多かったんだろうなぁ。

実はちゃんと登ったことがなかった「新緑荒野」(5.11c 5P)から。
1P目の11cがいきなりガツンときてビビった。
いや、アップなしでちょっと汚い11台はビビりますって。
核心はもっと楽な手順がありそうだった。
その上は右の「ハイド」(5.10a)を登って、更に短いピッチを登って中段へ。
「ハイド」はそれこそ10年ぶりくらいに登った気がする。
久しぶりに登ってみると、形状をあれこれ使っていいルート。
トポでは10aになっているけど、5.9で収まってるんじゃないかとも思う。
中段のバンドから上がルートのハイライトになるワイドなのだけど、
実は今までここをちゃんと登ったことがなかった。
前に来たときはたしか、まだこういう広い割れ目を敬遠していた時期で、
少しでもチムニーとかワイドっぽい動きがあれば嫌がっていた。
それを思うと、成長したというか、変わったんだなと思う。
最後に見た目より悪いグルーヴ状を登って、岩のトップに立った。

前烏帽子はこれまであまりちゃんと登ったことがなかったのだけど、
近くて乾きも早く、景色も良いしルートも快適、というなかなか素敵な所だった。
これからもちょくちょく足を運びたいところ。

まだ時間があったので、烏帽子岩の下部岩壁に行って、
「あげこまるルート」(5.10a)を登った。
出だしの弓状クラックには、その昔、木が突き出ていたんだとか。
中間部からは易しいワイド~快適なフレークのレイバックと続き、
ちょっと汚れてじゃりじゃりしていたけれど、良いルートだった。
車のドアの開け閉めが聞えるくらい近くに、こんなルートがあったんだな。
その後トップロープで「イギリス式」(5.11c)を探ってみて、
掃除が必要なのと、今日のギアでは不足があることを確認してやめた。

明日は雨になるようで、これにて今年のGWのクライミングは終了。
なんだかのんびりしたクライミングが続いているけれど、
そろそろ次のシリアスな目標を探したい。
クラシックを廻るのは楽しいし、発見もあるから大好きなのだけど、
価値の有無は別にして、楽しいことをやっているだけでは、鈍っていってしまうのです。

2017年5月4日木曜日

1か月経ちまして

社会人になって1か月経ちまして、まあなんとかかんとかやっております。
十数年ぶりにスキーなんぞやってみたら、日に焼けて顔がバリバリに。
それと派手にクラッシュしてあちこち痛い。
そんなこんなですが、細々とやっております。

先週末、大ザルと久しぶりに不動沢へ行った。
去年の秋はそもそもほとんど登らなかったので、瑞牆に行くのがそもそも久しぶり。
不動沢にはまだ結構雪が残っていたけど、この日は気温が高くて非常に快適だった。

今回行ったのは不動岩。
「ヘルスラブ」を登って「牛乳びんクラック」を登って、
さらに「胎内くぐり」から上の岩稜に出て不動岩の頭まで抜けてみた。
「ヘルスラブ」の出だしはやっぱり緊張した。
そして苔っぽい。もっと登られればいいのに。
「牛乳びん」でずりずり体をすり減らして、
「胎内くぐり」で手の切れそうなクラックと穴の通過を楽しんで、
その上はシャクナゲのブッシュ。
「昔はこんなんじゃなかった」と言う大ザル。そりゃそうだわな。
ブッシュを抜けた先に短い壁があって、
ワイドから木の生えたコーナー、短いクラックをたどる5.9くらいのピッチだった。
それを越えると一気に傾斜がなくなって、岩稜になった。
この最後の岩稜に「メガネのコル」というのがあって、
なんとチョックストーンが二つ並んで挟まっていた。
その上を歩いて渡る、冒険心を刺激されるピッチだった。感動。
最後は岩稜が平らになったところで終了して、右側のルンゼに降りた。
このルンゼの下降がちょっと不快だったのを除けば、
全部で10ピッチ近い充実したクライミングになった。
この程度のルートを登るだけの体力はまだあったようで、少し安心。


GWになって、昨日は帰省してきたサル左衛門といましさんを交えて、
最近アプローチの林道が復旧したらしい遠山川の山エリアへ行った。
発電所のところにゲートがあって、そこからは歩き。
一番下流の「マグノリア」までが20分くらいで、
「ユーロボーイズ」とかのエリアはかなり遠くなってしまった。
「マグノリア」の岩は特に変化がないようだった。
数年経って全体的に苔むしてきていたし、ちょっと埃っぽかったくらいかな。
近くの小さい岩と、裏面の2級くらいの課題でアップして、
サル左衛門がこの日初登した「ガッテン」(三段)をやってみた。
ファットピンチからの1手目がおっそろしく悪い。潔いくらいの真向勝負。
いましさんと二人で打って打って打ちまくったけど、結局止まらず。
このグレードの一手モノともなると、さすがに厳しいですね。
サル左衛門は隣の岩のPも初登していた。こっちは四段らしい。
ガッテン

スキーで転んで打ったところが痛かったし、疲れていたので昼寝。
起きたら、いましさんが近くの岩でせっせとマントルに励んでいたので参戦。
最後は見るからに簡単そうなところでど根性マントルになったりして、
更にそのロースタートにはまったりして、なんだかんだ盛り上がった。
最後に登ったロースタートは1級くらいあったような気がする。


そろそろ、生活のリズムにトレーニングをちゃんと組み込んで、
それから新しいプロジェクトも探したいところですね。

2017年4月7日金曜日

オトナ

もう1週間たってしまいましたが、まずは先週末のことを。

先週の日曜日、春の陽気の中、大ザルと瑞浪に出かけた。
なんだか分からんけど、ものすごく賑わっていた。これが平常なのかな。
どこのルートにも大体人が取り付いている。
夏の週末の小川山を一カ所に押し込めたみたいだった。

とりあえず10台のカンテを登って、コーナークラックの5.8も登って、
ちょうど空いていたので「イヴ」をリピートすることに。
が、カムの選択がことごとくはずれ、セットに手間取ったりしてあっさりテンション。
リピートだからといって、舐めてかかっちゃ登れませんわな。
それよりむしろ、前回よく一撃したな。
なんだかいろいろ上手くいかなくて頭にきたので、次のトライでちゃんと登りなおした。
それから10台までのスラブや太めのクラックを数本登り、
日がガンガン当たっている「アダム」も登って、
指も爪先も痛くなる程度には体を動かしたので、まあよしとした。
指皮が、ちょっと間が空くと普通の人のそれになってしまうように、
クライマーの足だってしばらくすればシューズを受け付けなくなってしまうみたいだ。
なんであれ、身体になにかを与え続けるって、大切なんだなと思う。

ところで、瑞浪は岩がコンパクトで、簡単に回り込めるので、
トップロープは張りやすいし、いろいろと手軽で快適だ。
それにしたって、この日はリードで登っている人をほとんど見かけなかった。
それこそ、なんだか不気味なくらい。
クラックだってスラブだって、怖いものは怖いし、
確実に慎重にやろうというのは勿論いいことだと思うけれど、
それでもリードで登ることが前提にあってこそのトップロープなのではないのか。
リードルートをトップロープで登ったって、それで終わっては勿体ないでしょうに。
クラックであろうとなかろうと、
そのルートにリスクがあろうとなかろうと、
それらは墜落することを覚悟のうえで、あるいはそれを克服する覚悟のうえで、
向き合って頑張らなくては、なんというか、勿体ないのです。
そのうち、トップロープで登って「〇〇をRPしました」というのがまかり通りそうで、
そういう風になってしまうのは、凄く嫌だ。
気のせいかもしれないし、気のせいであってほしい。

さて、ぼやくのはこれくらいにして・・・

僕はこの春から、社会人になりました。
紆余曲折を経て、自分が目標にしていた職に就くことが出来ました。
先日、引っ越しを終えて実家を離れるとき、
マイカーに乗り込む僕を見て、祖母が一言、
「やっと大人になった感じがするね」と言ってくれました。
後から噛みしめてみると、これが結構重く感じます。

これからは、これまでとは違います。

これからクライミングとどれくらい向き合えるのかは、今のところ分かりません。
一気に登れなくなるかもしれないし、案外変わらないかもしれません。
どちらにしたって、僕は少し違う人間になるようです。
そんなことを考えたときに、ふと、ブログをどうしようかと考えました。
ここで一区切りにするというのも、選択肢としてはアリなのかと。
そもそも、社会人になったのに「大腸菌小僧」という名前はどうなのか、とか。

でも、変えることはしません。
だって、社会人になっても、それ以前に自分はクライマーなのだし。
クライミングとの付き合い方がこれまでと少し変わるだけのことです。
社会人になろうと、いわゆるオトナになろうと、
きっと僕が尊敬する人たちにとっては、僕はいつまでたってもやっぱり小僧なのです。
それに、小僧のままでいたいな、とも思います。
スーツを着るようになっても、岩場へ行けばまた苔と泥と埃にまみれている、
そんな自分のままでいたいわけです。

あー、早く瑞牆のシーズンにならないかな。

2017年3月13日月曜日

久々の刺激

昨日はエッジ常連組(はげしめ)の皆さんと、豊田へ行った。
豊田に行くの自体、もう数年ぶり。だって遠いんだもの。
何処に行くか集合してから決めるアバウトっぷりだったけど、
全員なんとなーくの合意の上で、神越へ。
前日エッジでそれなりに登っていたので、指皮がすでにちょっとピンク色。
指皮を酷使するクライミングをずっとしていなかったので、
皮の硬さは一般人並みになってしまっているのです。
そんな状態で不安があったけど、神越は河原なので少し安心。

まず「神楽」周辺から。
その辺の岩で適当にアップしてから、「黒い鬼」(d?)。
もともと三段だったのが、ホールドが大きくなって易しくなったんだとか。
たしかに、初段ないくらい。2回目でゲット。
次に「神楽」(e)も一撃を逃して、2回目で登った。
常連様方の「神楽」での大セッションをしばらく観戦して、
ちーさんがやっている「RAIZEN」(g?)に参戦。
「ZEN」(f)はとりあえず放置。
1手目をどうするかちょっと試行錯誤して、それが出来たトライでそのまま登れた。
後半でヨレ落ちしそうになったけど、ホールドの掛かりがいいのでごり押し。
うーん、こういう場面でもっと合理的な登りが出来るようになるべきなんだけどな。
とにかく、登れてよかった。
あとは「オニヤンマ」(f)を股間を打って悶えたりしながら登った。

「ポリっちょ」こと、あかはねさん on 神楽

ちーさん on RAIZEN

ちーさんも「RAIZEN」を登ったので、二人で少し上流へ。
「ワイルドストロベリー」(g?)をやりに行った。
この岩はフリクションばりばりで、指にくる感じ。
1手目がいきなり悪く、全然出来ない。とにかくカチが持てない。
2手目以降をバラしにかかってみたけど、弱った指皮が悲鳴を上げるし、
指皮出る汁でヌメり始めるしでこっちもなかなか出来ず。
なんだ、結構調子がいい気がしてたけど、気のせいだったか?
ちーさんは全ムーヴをバラしたものの、繋がらず。次回ですね。
折角来たので近くの「バットマン」(f)を登って、一度下流に戻った。
「バットマン」は取れそうなブロックが怖いけど、
花崗岩とは思えない今風のムーヴ連発で面白かった。
こんなのもあるんだな、豊田。
ワイルドストロベリー

下流では皆さんが「ZEN」でセッション中だった。
ちょうど、けんさんが登って100段を達成したところだった。
岸さんも登って初の二段になったそうで、なんだかBIG dayでしたね。
他の人と同じムーヴをせずにやたら遠回りして登ることに定評のあるタイちゃんは、
なんやかんやと文句を言いながらも「神楽」も「RAIZEN」も登ったらしい。
そんな様子をしばらく眺めて、タイちゃんとちーさんと三人で再び上流へ。

「The Storm」(e)へ行って、まず隣の岩の「ビビン波」(f)から。
SDからひたすら微妙なピンチで耐えてリップにどーん、という感じ。
なんだかサル左衛門のおじさんシリーズを彷彿とさせるサイズ・・・
やってみたら案の定一切誤魔化しのきかないタイプだったものの、
ピンチがしっかり掛かったトライで思い切り跳んだらなんとか止まって、登れた。
もう指が痛くて仕方なかったけど、そのまま「The Storm」にもトライして、
鋭いカチに半泣きになりながら3回目で登った。
多少脆いのを除けば、高さと緊張感があっていい課題。

思いの外早く登れたので、下に戻って、「Happy Birthday」にいる常連組に合流。
もう指が痛くて仕方なかったけど、「Happy Birthday SD」(f)にトライ。
流石に疲れていたのか、スタンドに合流してからのランジが止まらなかったものの、
しぶとく打ち続けて、ギリギリ止まって登れた。
最後に右の「Rummy」(e)を危なっかしく一撃して終了。
タイちゃんが最後の最後に「Happy Birthday SD」を登って、
登りは素晴らしいのにヒーローになりきれないキャラを印象付けて終わった。

身体に久々の強烈な刺激が入って、いい具合に疲れた。
こういう疲労感なら、あちこち痛くてまあいいかな、と思う。
春休みは残りわずかだけど、次はどこに行こうかな。

2017年3月6日月曜日

帰国後

この週末は、遠山川に行ってきた。
帰国してみれば、2週間で季節はすっかり春に近づいていて、
家の近くにはイヌノフグリが咲き始めているし、日差しも気持ちがいい。
遠山川の集落のあたりには梅が咲いていた。
そんな季節なんだな。

今回はりょーちゃんとお母さんが一緒。
僕はあまり激しく登るつもりがないので、
とりあえずどこ行ってもいいや、という感じでまったりついていくスタンス。
「前回行ってないところに行こう」ということで、下流から。
だまし岩の下地が上がって、ハングの中に入れなくなっていた。
「だましハング」とかはほぼレイダウン状態で強引に浮いて登った。
他の岩はだいたい例年通りだけど、全体的に下地の状態は良さそうだった。
りょーちゃんは「バカ犬」(3級)を登って、「TT」(2級)も登って、
そのまま「TTT」(1級)まで登って、だんだんここのツルツル具合に慣れてきた様子。
TT

上流に移動して、神楽ケイヴ周辺へ。
りょーちゃんは宿題になっている「ざざむし」(2級)をやっていた。
こちらは、珍しく「禊」に下地があって、しかもチョークがついていたのでトライ。
これをやっている人がいるなんて、それこそ初登以来なんじゃないか。
スタートからいきなりパワー全開のムーヴで、
中間のガバをどう取りにいくのか、なんだかよくわからん。
チョーク跡のおかげでホールドは見えるけれど、足が悪い。そして滑る。
ついこの前までフリクションばりばりの花崗岩だったしな。
やっていくうちにどうやらそれらしいムーヴを発見。
指が痛かったので深追いは出来なかったけど、なんとか中間のガバは取れた。
これでも十分悪かったけど、ここからまだ半分あるのか・・・
最後はリップのスローパーにデッドかランジだろうな。
来シーズン下地があるかどうかわからないけれど、また来ます。

りょーちゃんはリーチぱつぱつで「ざざむし」は登れず。また次回。



まだ多少燃え尽き状態を引きずって、若干の消化不良を抱えている。
ここからきっと自分の日常が目まぐるしく変わっていくので、
それが一先ず落ち着くまでは適度にやっていけばいいかなと思ってしまう。
多分、完全に消化するにはもう少し時間がかかるんだろう。

ところで、部屋に作ったフィンガーボードを解体した。
この部屋の間取りに合わせて作ったので、他の場所にそのまま持って行っても仕方ない。
Stingrayのために作ったものだったから、もう役目は終わったわけで。
数日かけて作ったのに、解体は1時間半くらいで終わった。儚い。
角材についたチョークの跡を見ながら、半年だけしか使わなくても、
このフィンガーボードを作ってよかったと思った。
勿体ないとは思わない。

2017年3月1日水曜日

Stingrayのこと

2月25日の夕方、僕はStingrayを登りました。
通算で12日目、この日2回目のトライでした。


昨年のツアーで7日間トライした末に敗退した僕は、
それからの1年をこのルートに戻ってくるために使おうと決めました。
今年度は就職試験と大学院での研究の2本立てで、
クライミングに充てられる時間がこれまでの半分以下になることは分かっていました。
事実その通りで、夏に試験が終わったと思ったら、
それと入れ替わるように研究の方が忙しくなり、
2か月ほどクライミングを完全に休止していました。
ただしその間も、部屋に作ったフィンガーボードで、
少しずつトレーニングをしていました。
クラックのためのトレーニングなんかほとんど知らず、
手探りであれこれとやってみて、トレーニングメニューを作っていました。
研究がひと段落着いた1月下旬にクライミングを再開し、
久しぶりにジムに行ってみたときは、それはもう酷い状態でした。
指皮は弱くなり、力も出なくなり、すぐにパンプして、身体はうまく動いてくれない。
それでも可能な限り体に刺激を与えて、せめて休止前の状態に戻ればと、
ツアーまでの数週間をがむしゃらに使っていました。
有り難いことに、大ザルが日曜大工と称してジャミング用のホールドを作ってくれ、
それをエッジに持って行ってStingrayの核心のレプリカを設定して、
何度も何度も登りました。
ツアー直前にはレプリカを大分安定して登れるようになったものの、
一方で単純なパワーや持久力はなかなか戻らず、
少なからず不安要素を残したまま出発の日を迎えました。


Stingrayへのアプローチの途中には、立派なケルンが立っています。
昨年のトライ最終日、敗退が決まった後、
僕は石を7つ拾って、そのケルンの隣に積みました。
自分がそのツアーでトライした日数分の、7つの石。
そんなことをしなくてもこの敗退を忘れることはないけれど、
Stingrayを登れた時に、自分の作ったちっぽけなケルンを蹴飛ばしてやろう。
そう考えて石を積んで帰りました。
今年のツアー2日目、1年ぶりに足を運ぶと、
例のちっぽけなケルンはもう崩れてなくなっていました。
そりゃあそうか、雨でも降れば崩れるよな、と思ったものの、ちょっと拍子抜け。

1年ぶりにトップロープを張りに行ったとき、
Stingrayの終了点からロワーダウンしていくとき、本当に緊張しました。
1年経って、このクラックをどう感じるようになっているんだろうか。
易しく感じるのだろうか、難しく感じるのだろうか。
そもそもムーヴが出来なくなっていたりしないだろうか。
蓋を開けてみれば、実際あまり大きな変化は感じませんでした。
核心の一連のムーヴは依然として苦しいし、その後のセクションも楽ではないし、
これはこれで拍子抜けするくらいに1年前の通り。
がっかりする気持ちと、安堵する気持ちの両方がありました。
その日はトップロープでムーヴとプロテクションを確認し、深追いせずに終わりました。

久しぶりにやってみると、本物はエッジに作ったレプリカよりも難しく、
これには「あー、やっちまったな」と少し後悔を覚えました。
しかし、自分の記憶よりは難しかったものの、こなせないほどではなく、
その点については曲がりなりにもトレーニングの成果があったのかなと思いました。

トライ2日目からはリードでのトライを始め、少しずつ勝負に持ち込んでいきました。
が、その後の勝負は予想していたものとかなり違ったものになっていきました。

驚いたのは、自分の指の変化でした。
手探りでやってきたジャミングのトレーニングのおかげか、
リードのトライはテーピングなしでできるくらいになっていました。
1年前はトップロープでもリードでも、トライするたびに流血していたのに、
今年はそこまで酷く皮を取られることはなく、トライの頻度も増やすことができました。

しかし、ジャミングの痛みというクラックとしての難しさの他に、
Stingrayのルートとしての難しさが次の問題になりました。
核心のセクションをこなしても、そこはまだルートの半ば。
その上には5.12の後半部分が待っています。
この部分は足元が悪く、ちょっとしたことですぐにスリップします。
加えて前半のパートをこなした後のヨレ、そしてパンプ。
そこだけやればなんてことないムーヴでも、
そこまでのミスやダメージの蓄積で全く別物のようになり、
繋げたらどこで落ちてもおかしくないくらいに感じるようになりました。
核心をこなせたからといって、それだけで登れてしまうほど甘くはないわけです。
1年前の最後のトライでやっと核心を越えてぶち当たったその事実に、
今年もまた行く手を阻まれることになりました。

2日目のトライは核心で落ちたものの、
3日目のトライで核心を越え、その次のセクションでスリップ。
4日目には更にそのセクションを抜け、
残り3手のところでまた足が滑って落ちました。
気が付けば、僕にとってこのルートの核心はもはや中間のボルダーセクションではなく、
後半に怒涛の如くやってくるミスの許されない繊細なレイバックになっていました。
事実、今年のトライで核心が越えられなかったのは、最初の1回だけでした。
2週間は短いです。1日おきにトライしていても、あっという間に残りは数日。
どんどんと追い込まれていき、そこにきて4日目のトライでのフォール。
足が滑って落ちたとはいっても、その瞬間は完全に疲れ切っていて、
腕はパンパン、肩はヨレヨレ、体は持ちあがらず、そのせいで滑ったようなもの。
滑らなかったとしても、そのまま押し切れたかどうかは分からない。
そのシビアな状況をルートとの駆け引きとして楽しむ余裕は既になく、
ただムーヴを思い返して気持ちを落ち着けるしかありませんでした。
「気持ちで負けたら何も残らない」とか「諦めたらそこで試合終了デスヨ」とか云々、
頭の中でぐちゃぐちゃと考えてはみても、それで現実が変わるとも思えませんでした。

そうして迎えた2月25日。帰国まで残り2日で、恐らくStingrayへのトライは最後。
朝から快晴で、風も弱く、前回よりもかなりいいコンディションでした。
しかしその条件下で臨んだトライは、またしても残り3手でフォール。
レストポイントでしっかり休んだにも関わらず、
続く数手で一気にパンプが戻ってきて、捨て身で出した左手はクラックに入らず、
更にはまた足が滑っているし、もうなす術なし、という具合でした。
ロープにぶら下がってひとしきり叫び散らした後、
ほんの少しだけ冷静になった頭で次のトライのことを考えました。
今日やるか、明日に延ばすか。

もしかしたら自分は、多少ジャミングに慣れただけで、
その他のものはまるで足りていないのではないか。
持久力、フットワークの繊細さ、集中力・・・
というかそもそも持久力が足りないのは明らかでした。
たしかにジャミングの練習は懸命にしたけれど、
今これが登れなければ、なんにもならないじゃないか。
このルートがジャミングするだけでは登れないルートだということは、
1年前に敗退した時から分かっていたはずなのに、なぜそれを放っておいたのか。
この1年間に限らず、これまでずっとリードをあまりやらず、
真剣に持久力のトレーニングに励んでこなかった自分を恨みました。

それでも、指の皮はまだ耐えてくれそうだったし、
明日突然天気が崩れるかもしれないし、トラブルがあるかもしれない。
そもそも、今日は2回トライするつもりでいただろう。
そう考えて、1時間ほどのレストを挟んで2回目のトライをすることに決めました。

何も持たず、ただぼんやりと近くを散歩していると、
不意に5メートルくらい先にウサギが出てきて止まりました。
咄嗟にこちらも立ち止まって、じっと見つめていました。
逃げる様子がないので、そっと写真を撮って、ウサギが去っていくのを見送りました。
Joshua Treeでウサギを見かけるのは珍しいことではなかったけれど、
最後のトライを前に揺れている僕には、それがなんだか特別な出来事に思えました。
取り付きに戻り、一段上のテラスに上がって準備をする間も、
肩周りに残っている疲労感が気になっていました。
もしかしたら、中間部すら越えられないかもしれない。
それでも、このトライできっと最後なのだから、もう守るものは何もない。
もしこのトライでも登れなかったら、その時は、岩の上で思い切り泣けばいい。
捨て鉢になることなく、かといって気負うわけでもなく、
何度も深呼吸をして、この日2回目のトライに臨みました。

回数を重ねるごとに感触がよくなっていった中間部では、
声が出たもののまた少しばかり易しくなったように感じました。
3日目にスリップしたところも一切のミスなくこなし、レストポイントへ。
身体を倒し、出来るだけゆっくりと呼吸をしながら、
前のトライとなんら変わらず、体のあちこちがヨレているのを感じ、
「本当にこれで押し切れるんだろうか」と、また考えてしまいました。
あと3手。あとたった3手延ばすことが出来れば、全部終わるのに。


レストポイントを離れて、一度左のスラブに身体を乗り出して、
左手でがちゃがちゃしたカチを全力で握り、右手を次のフィンガージャムへ。
ここまで出るともう戻れない。もう突っ込んでいくしかない。
祈るような気持ちで右足のスタンスを拾い、更に2手送り、
スメアで足を送って左手をクロス気味にクラックへ。
前のトライはこの1手で落ちた。
今度こそ捕らえたと思った左手は、いつもより少し下に入ってしまって、
急いで掛け直した。足はギリギリ滑らなかった。
もう腕に力が入っているのかどうかもよく分からず、引き剥がされそうになる。
それでも更に2歩足を送って、右手のアンダーを差し、強引に最後のガバを取った。
その瞬間に足がまた滑ったものの、左手はもう完全にガバを捕らえていた。

アンカーにクリップして、僕は自分でも驚くくらい大きな声で泣きました。
どうしてこんなに涙も叫び声も止まらないのか、分かりませんでした。
登れなかったら泣こうと思っていたのに、なぜ登れたのに泣いているのか。
それも全く分からずに、泣きに泣いて、鼻水を垂れ、酷い有様でした。
近くのテラスでカメラを回していたサル左衛門が岩の上に回ってきたので、
僕も岩の上まで行って、サル左衛門と抱き合って、また少し泣きました。
弟の腹に顔をうずめて泣くなんて、恰好悪い兄ですね。ごめんなサル左衛門。

少し落ち着いてから、クラックを掃除して下り、
福ちゃんともアラカワくんとも抱き合っている間も、
自分がこのルートを登ることができたことが信じられませんでした。
レストしているときは、前のトライと変わらないと感じていたのに。
きっと、何かが違っていたのでしょう。

Stingrayの取り付きには、誰が置いたのか、
コインが何枚か賽銭のように置いてあります。
片づけを終えて、僕もやっと、25セント硬貨を一枚、お供えすることが出来ました。

それなりにトレーニングもしていた一年前の自分が出来なかったことを、
あまりトレーニングできていない今年の自分が出来るはずがないと、
そう考えたことは何度もありました。
それでもなんとかかんとか、僕は歩みを進め、
カタツムリのようにゆっくりでも、ここに辿り着くことが出来ました。

自分がした選択と、そうしてやってきたことを、疑い続けた一年間でした。
そして今、僕は一年前の自分をついに追い越して、
これまでの自分に漸く胸を張ることが出来ます。
もう疑わなくていい。
これでまた少し、自分自身を信じることが出来ます。

クライミングを真剣にやるようになって、15年が経ちました。
これが15年経った今の自分にあるすべてだったのだと感じています。
あれやこれやと彷徨って、雑食というか悪食というか、
あれもこれもとやってみて、その先にあったのがStingrayだったのかもしれません。
次の5年、10年、15年で自分がどうなるのか、
それは今ここで分かるはずもないことですが、
今よりももう少しだけ先を歩いていたいなと、そう思います。

Bishopから駆けつけてくれたいましさんとサル左衛門、
他にルートのないこのエリアにもずっと付き合ってくれたアラカワくん、
2度のツアーに同行して、最後までビレイをしてくれた福ちゃん、
その他大勢の皆さんに心から感謝です。
ありがとうございました。