2026年1月25日日曜日

年末から年始

この秋のツアーは期間が少し長かったので、帰国したらもう11月も終わり。
あっという間に年の瀬になっていた。
今回の正月休みはあまり遠くへは出かけず、年始に社長に呼ばれて尾鷲に行ったくらいだった。


12月30日 瑞牆
久しぶりに、一人でボルダー。この時期にしては暖かく、雪も日陰にある程度。
とはいえゲートは閉まっているので、下流の方で登ることに。
ゆっくり家を出て、新トポが出てから気になっていた路傍の石(二段)へ。
周辺の課題を3級くらいまで登ってアップ。
本題の路傍の石も、ホールドを磨いてムーヴをバラしつつ数回のトライで登れた。
これはコンディションがいいぞ。
路傍の石

気を良くして、もう少し下流のスカイフィッシュ(二段)へ。
トポの調査の時に一度触ったきり、登れていない。
改めてやってみると、あれ、離陸できない。
ホールドを変えたりシューズを変えたりいろいろやったら、前とはちょっと違うムーヴでできるようになってきた。
それでもまだまだ悪いし、保持の強度も結構高い。
これで左上のカンテが取れればほぼ終わりだろうなと考えて、強引に手を出した瞬間、右手が盛大にすっぽ抜けて猫パンチ。
空中を舞って着地する瞬間には「痛っっ!」と叫んでいた気がする。
慌てて右手を見ると、中指と薬指は猫パンチで流血。
それだけならまだしも、中指の腹から爪の際までが今までにないくらい盛大に剥けていた。
当然、大流血。あまりにも血が出ていたので、指の写真は撮ったけれど載せないでおきます。
因縁の課題になってしまいそう

2時間くらいしか登っていないけれど強制終了して、キズパワーパッドと痛み止めを買いに走った。
その夜はLOKUBOKUの忘年会だったけれど、夜が更けたら指が疼き始めたので涙ながらに退場した。


1月4日~6日 尾鷲取材
社長の尾鷲取材(100ルート)に同行。合宿に参加するのは久しぶりな気がする。
4日は移動日で、尾鷲の小さな集落にある宿まで半日かけて走った。
宿の近くのこじんまりした駅が、なんだか味があった。時刻表の空白の多さがいい。



5日は楯ヶ崎の三国合同エリアで調査・撮影。
久しぶりにイエローギャングことカッシーに会った。相変わらず早口でずっと喋っている。
三国合同エリアは、看板ルートのパーフェクトブルー(5.11a)以外はかなり短くまとまっていて、独特の渋さを感じる。

年末に無残に裂かれた指は当然治っていないので、テープでぐるぐる巻きにして、とりあえず調査。
めはり寿司はお好き?(5.9)を登って、三国一の美女(5.10d)をやったら落ちかけた。
体感は5.11cくらい。どうもこの辺りのショートルートはかなり辛いらしい。
「パーフェクトブルーも一応やってよ」と社長が言うので、カッシーとYabuくんが登った後に続いて僕も登った。
ハングのホールドがじゃりじゃりするのを我慢すれば、上部のフェースは爽快。
関西を代表するルートと言われているだけのことはあった。
(ちなみにどこからどこまでを関西と呼ぶのかはいまだによく分からない)

あとは巨大壁エリアでYabuくんが撮影を兼ねて八十八夜(5.12d?)を登るのを見届けて、この日は撤収。
指が万全だったら、やってみたかったなぁ。


6日はカナトコ岩へ。
「アプローチの途中で廃村を通る」と聞いていたので、「あばら家が何件かあるんだろうな」とか考えていたら、
想像をはるかに超えるジブリ感が漂っていてなんだかテンションが上がった。

カナトコ岩はかなりロケーションが良く、さらには居心地も良くて、いい感じ。
Yabuくんが撮影でタイタニック(5.12b)を登り始め、「OSしなさい」という圧をどこからともなく感じたので、僕は目を逸らしておいた。
Yabuくんの撮影が終わったので、ラジオ体操とハングボードのアップだけでいざトライ。
見るからにカナトコ岩でいちばんおいしいカンテを贅沢に登るわけだけれど、足下の繊細さのせいかムーヴはなかなかに渋い。
こういう類の渋みは好みなので、前腕がバンバンになりながらありがたくOSさせていただいた。

その後裏面のキャプテンK(5.10c)と表の24カラット(5.12a)もOSして、気持ちよく取材を終えた。
あさこさんは助監督業をばりばりこなしながら、合間に24カラットをトライしたりしていた。

夕食は泥攀RX氏が愛してやまない尾鷲の豆狸にて海鮮ユッケ丼をいただいた。
泥攀RX氏が完全にお店の人に覚えられていて、なんだか笑える。
それから翌日の仕事に向け、ひとり孤独に車を走らせた。

2026年1月7日水曜日

Yosemite 25 帰国日の夜に書いた日記より

以前、『さみしい夜にはペンを持て』という本をあさこさんにもらった。
それによると、日記は自分に向けて書くものだという。

今年のツアーは、これまでになく辛い時間をペン先に込めて文字にした。
身の丈に合わない目標など立てずに、もっと新しいこと、もっと楽しめることを求めていた方が、
この1年、あるいはこの4年は実りがあったのかもしれないと、今でも思う。
後悔と呼ぶには、まだ早い。しかし、そう呼ばれかねない感情が際限なく湧いてくるのは事実だ。

今年、はっきりと分かったことがある。
それは、ここが自分の持てる才能の限界なのだ、ということだ。
20年以上も前に一度思い至ったことに、改めて戻ったきたようだ。
自分には、才能がない。凡人、普通の人だ。
平山さんのような力と才能に溢れたクライマーではなかった。
世界で戦っていた人と、その世界に出たこともない自分。
競うまでもなく、立つ土俵が違うことは明らかだ。

それでも、と思う。
それでも自分は、まだSalatheを登りたい。
ここまで来て後に退けないからだろうか。意固地になっているだけなのだろうか。
もう純粋な冒険心では登れていないのかもしれない。
そうだとしても、ここまで来た自分の道筋がどこかに行き着くのだと信じたい。
願わくば、あの壁を登り切るというところに行き着くのだと信じたい。
それを抜きにして、過程だけに目を向けて「充実」や「成長」という言葉をあてがうのは、あまりにも綺麗事、あるいは絵空事だ。
「結果が出なくても、努力の過程こそが素晴らしいんだ」という考え方は、確かに前向きだろう。
しかし今の僕にとってそれは、どこかに行き着いた人の言う綺麗事だ。
僕はまだ、どこにも行き着いていない。

それでも、その才能に恵まれていない自分が辿り着きたいと望むのなら、 今ここにあるギャップを埋めるために何をしなければいけないのだろうか。
何を用意し、何を身につけなければいけないのだろうか。
1年後、今よりももっとボロボロになっていても、「いい旅だった」と笑えるように。
空しさではなく充足した心持ちでペンを握れるように。

Joshua Tree 25 ⑦

11月21日 レスト
雨。一面ガスの中で、また車中で軽く朝食&コーヒー。

町に下っても特にやることはなく、Stater BrosとWalmartをハシゴ。
それからなんとなくHigh Desert Nature Museumに行ってみたりして、帰ることに。
しかしまだまだ雨模様。こんな天気でキャンプに戻っても夕飯づくりが億劫だな、となる。
29 PalmsのAdministration Officeで水を汲むついでに、あさこさんが「ここにもWiFiあるで」とつなぎに行く。
そこで窓口のおばちゃんにダメもとで聞いてみたところ、「敷地内のピクニックエリアで料理してもいいよ」と言ってもらえた。
行ってみると屋根と壁があって、テーブルと椅子もちゃんとあるので、びしょぬれのキャンプ場よりはるかに快適。ありがたや。
「とりあえず聞いてみよう」という心構えは道を開くなあ、と感心した。



11月22日 レスト
また今日も雨。ガスの中。こんなに天気が悪いJoshua Treeは初めてだ。

一目散に車に乗ってAdministration Officeまで下り、ピクニックエリアで朝食。いやはや快適。
あとは昨日とほぼ同じ...になると思いきや、ちょうど感謝祭に当たったからか、そこら中に露店が出ていて寄り道が捗った。
露店巡りの合間にJoshua Treeの交差点近辺で面白い雑貨屋も見つけ、土産物をあれこれ購入。
昼から夕方までWalmartでひたすらWiFi難民をして、いよいよ行く所もやることもなくなった。

そこでふと、Joshua Tree周辺のシャワー情報を調べてみた。
Stingrayに通ったころはCoyote Conerでシャワーが浴びられたけれど、今は使えなくなってしまって大きな課題だった。
で、しばらく調べているとGoogleマップには出ていない5ドルのシャワーを発見。
どうやらクライマー向けの宿があって、シャワーだけの利用もできるらしい。
予約が要るそうなのでInstagramのDMを送ってみると返信あり。
これで帰国前にシャワーを浴びられることになった。
あとはまた、Administration Officeに行って夕飯。
Stater Brosで買ったハム(角切り)の切れ端詰め合わせがやたら美味く、これはアタリ。
Joshua Treeも4回目だけれど、いろいろと発見があるものだ。


11月23日 Arid Pile
待望の晴れ。気温も上がった。
Acid Crack(12d)をやりにArid Pileへ。
近くにある5.9(★なし)を2本登ってアップしたが、また異様にヌメった。
不人気のせいか岩もちょっと脆く、えらく悪く感じた。

そこから日向ですでにガンガンに暑くなったAcidへ。
ひとまずはこれが礼儀と、リードでOSを狙ってみたが、出だしのタイトなフィンガーからテン山。
どうにかエイドで稼ぎながら8割ほどムーヴをバラして抜けた。
2回目はトップロープでのワークに切り替えたけれど、内容はあまりにも悲惨だった。
暑かったのは間違いないが、それだけとは思えないくらいヌメり続ける。
手の皮がふやけたようになって、水虫かと疑うくらい剥けるし、際限なく汁が出て止まらない。
ムーヴをつなげるどころではなく、これでは核心のランナウトに突っ込む以前の問題。
リードにはとても持ち込めないと感じて、完全に心が折れてしまった。
ロープを解いて一声漏れたのは、「あー、諦めちゃった」だった。
Equinoxなどでクラックの中が湿っているように感じていたのは、自分から湧き出る湿気だったらしい。
原因も分からないので、もう荒むしかない。
ただ暗くなっているわけにもいかないので、無理やり穏やかに振舞ってみたが、当然気は晴れないままだった。
Administration Officeへ行って夕食を作り、キャンプ場に戻った。



11月25日 Geology Tour Road→Pig Pen→Live Oak
クライミング最終日。

あさこさんのEquinoxに付き合って出かけた。
が、どうにも体調が悪いらしく、トップロープを張りに壁の上へ回る途中で引き返してきた。
これは登るどころではないと、Equinoxは諦めてトライすることなく車へ戻った。

それでも登りたい気持ちはあるので、せめてボルダーならとPig Pen(V4)に行ってみた。
あさこさんは課題名がいまいちピンときていないようだったけれど、
岩を前にすると「これ、前にやったことある」と思い出していた。
一方僕はというと、登ったことがあるようなないような。まるで覚えていなかった。
一応、頑張って一撃した。

その後、最後にLive Oakへと移動して、Big Bob’s Big Wedge(V5)。

初めて来たときのツアーで1度だけトライしに来たことがある。
前半のルーフはやはり1回で解決できるけれど、問題は結局出口。
マットがないので、ワイドサイズのカムを突っ込んでリードでやってみたものの、今回も解決できなかった。
驚くくらいに力が出ていないのだけれど、またクラックが濡れているかの如くヌメり続けていた。
そもそもムーヴの目処も立たなかった。
もはや完全に不貞腐れてしまい、撤収してAdministration Officeへ下った。

Officeの駐車場に着いても、車から出る気にもなれずぼんやり、というか呆然としていた。
こんなにもクライミング自体が苦しくなったのは、いつ以来だろうか。
自分の登ることへのエネルギーが戻ってくるのかも分からない。
1年間、思いつくだけの努力をできる限りしてきたつもりだったが、そうして燃えていたものがこんな形で消えていくとは想像もしなかった。
それだけに、今の自分の有様が何もかも受け入れがたかった。

それから2時間ほどかけて、車内であさこさんにぽつりぽつりと弱音を吐き、話し合い、
なんとか考えをある程度整理して、一応元気が出てきたので、ピクニックエリアで夕飯を作った。
これだけ長く弱音も愚痴も、あまり口にすべきでない思いもすべて話して聞いてもらえる、そんなパートナーがいることには素直に感謝している。


11月26日→27日 移動日
帰国する日。
起きて、なけなしのガス缶を使い切る。ギリギリコーヒーまで淹れられた。
「ガス足りてくれー」と念じる

テントを畳み、Administration Officeの駐車場まで行って荷物をパッキング。
長年あちこちを旅してきた相棒、MammutのCargonとはここでお別れ。
加水分解でぼろぼろになり、もう底が透けて向こうが見えるくらいだった。

次に、10:30に予約していたシャワーを浴びに行った。
Joshua Tree Crash Padsという、ゲストハウスとキャンプサイトを併せたコミュニティスペース。
シャワーは天井なしの青空仕様だが、しっかり温水で快適だった。これでひとり5ドルなら十分ありがたい。
海水浴場のシャワーみたいな見た目

Joshua Tree Crash Pads


スッキリとして、スーパーに寄りつつロサンゼルスを目指した。
夕方にロサンゼルスに着いて、レンタカーの洗車、掃除、給油、返却と済ませて、空港へ。
レンタカーの窓口から空港までは、ハードロックでノリノリのおばちゃんが運転するシャトルバスだった。
これくらいラフな働き方でも、全然文句ないんだけどな。日本の社会は真面目なんだなと思う。
人が行き交うターミナルの片隅で長い夜を過ごしながら、つらつらと日記を書いた。

翌朝の飛行機でアメリカを発って、なんだか眠れずしこたま映画を観て、成田に到着。
帰国後最初の食事

成田から家までの道中で耐えらないくらいの眠気に襲われ、高速のSAで1時間ほど仮眠。
どうにかこうにか、スーパーが空いている時間には家に着いた。

2026年1月2日金曜日

Joshua Tree 25 ⑥

11月16日 Real Hidden Valley
ゆっくり7時くらいに起きて、のんびり朝食。
Bodhi Houseをチェックアウトした。オーナーさんには重ねてお礼を言って出た。
快適な暮らしをありがとうございました。
Stater Brosで買い物をして、国立公園のオフィス(Administration Office)で水汲み。
もともとはここがビジターセンターだったらしい。
ビジターセンターは近所に建て直され、ここは各種申請を受け付けるオフィスになったようだ。
ただ、このオフィスにもトイレはあるし、水も汲めるし、ピクニックエリアもWifiもある。
それからBelle Campgroundへ行ってテントを張った。
メインの岩場からは若干離れているものの、小さめで割と静かなキャンプ場だった。
キャンプ設営後は、乾いていそうなフェースを求めてReal Hidden Valleyへ行ってみた。
ここも風はそこそこ吹いていて、おまけに曇ってやけに寒かった。
とりあえずRun for Your Life(10b)を登った。
9年ぶりにリピートしたけれど、なかなかランナウトしてしびれる。
日向に出た方が快適かなと、Houser ButterssのLoose Lady(10a)をあさこさんにおすすめしたけれど、
これはこれで吹き曝しで寒い上に、出だしのムーヴが分からなかったようでクライムダウンしてきた。
どうも、宿で2泊しても体調はすぐれないらしい。
キャンプ場に戻ると、こちらも風が強まっていた。
岩陰で風が弱そうなところにテントを張ったつもりが、夕飯時もひたすら風が当たっていた。
雨対策に張ったブルーシートのハトメも速攻で破れ、ダクトテープがないのでニチバンのテープで補強した。



11月17日 Geology Tour Road
起きると、天気が良く風もおだやか。これですよ、これ。

気分よくEquinox(12c)へ向かった。
駐車場に着いて準備していると、すぐに別の2人組がやってきて、同じ方向へ歩き出していった。
案の定彼らもEquinoxで、しかもホールバッグを担いでいる。おやおや...?
聞くと、彼らはYosemiteから転戦してきたイタリア人チームだった。
やっぱり僕らと同じ動きをしている人がいた。
彼らが先にトップロープを張って探っている間、こちらはアップで左にあるElephant Walking(11d)をやってみた。
すべてボルトのスポートルートだが、やっぱりちょっとランナウトする。
最後の核心まで頑張ったものの、足がスリップしてぽろ落ち。ともあれ、体は温まった。
そうこうしているとまた1パーティ、今度は3人組がやってきた。
スロバキア、チェコともう1か国(どこの国か聞き取れず)の多国籍チーム。
この人たちもホールバッグを背負っていて、当然Yosemite終わりだった。
みんなこういうルートを辿るのかと笑えた。

イタリアペアのトライが終わったので、3か国チームより先にOSトライ。
下部からいきなり危なっかしく、終始ぷるぷるしながら頑張ったけれど、
中間の傾斜が増すセクションで足が抜けて呆気なく落ちてしまった。
惜しいとは言えないトライだった。
クラックの割れ方が見た目ほど素直ではないので、ジャムやカムの決めどころを探るのが難しい。その上で、足下も繊細。
テンションをかけながら探っていくと、ムーヴのひとつひとつはそれほどハードではなかった。
でも、これを一撃したモファットは凄いということがよく分かった。
なんとなくムーヴをバラして抜け、あさこさんがフォロー回収。ムーヴはかなりこなせているように見えた。
あとは3か国チームと世間話をしながら順番が回ってくるのを待ったが、残念ながら暗くなりそうなので撤収した。
ここのアプローチは目印に乏しいので暗くなるのはイヤだった。
とりあえず1本、やってみたかったルートにトライして、まずは楽しかった。
トライ数は少なくても、この充足感は代えがたい。


11月18日 レスト
夜半からまた雨が降り、朝もずっとしとしと。
キャンプ場のテーブルがびしょ濡れなので、車の中でベーグル、バナナ、コーヒーだけの朝食。
とはいえ、コーヒーが美味しいのでまずはOK。

あとは買い物がてら町へ下りた。
Stater Brosで買い出し、それからJoshua Treeの小さな図書館でWifiを繋いだりした。
雨は午前中で止んで、一転して快晴に。正午過ぎにはキャンプに戻り、タープを張り直してしっかり昼食を作った。
そうしているうちに曇ってきた、と思ったら寒くなってまた雨。
テントに引きこもってひたすらトポを読んで半日過ごすしかなかった。
残りは1週間。5.12以上のクラックが複数登れれば嬉しいが、天気が微妙なので焦らずやりたい。


11月19日 Geology Tour Road
夜明け前にトイレに起きると、空が綺麗だった。
朝から快晴で、気持ちよくEquinoxへ。


今日は貸し切りかと思ったら、一昨日のイタリアペアがやってきた。
さらにその後からまた別の3人組が来て、今日もまた順番待ちになった。一番乗りでよかった。
今日は上から回ってトップロープを張り、プロテクションを入れつつムーヴを煮詰める。
クラックの中に湿気が残っていてやけにヌメるような気がした。
さらに、いつのまにか空が曇って風も冷たくなり、ビレイしていたあさこさんを凍えさせてしまった。申し訳ない。
あさこさんが冷え切った手足でどうにかフォロー回収して、イタリアペアがトライして、
3人組が「RP狙うなら先にトライしていいよ」と言ってくれたので、いざリード。
クラックの状態は先ほどよりも良くなっていた。
足の悪さで緊張が続き、動き自体の負荷はそれほど高くなくても、力が入ってヨレてくる。
#0.5のパートから左上ぎみになる辺りからやたらと吠えながら逃げ切ってRPした。

時間的に回ってこなさそうということであさこさんはパス。
回収して帰ろうか、というころで3人組のひとりが登り始め、安定感のある登りでOSしてしまった。
手元にも足元にも、このサイズのクラックの経験が豊富らしい自信が溢れていた。
経験値は、やはり大事。


11月20日 Echo Rock
朝から快晴。前日と違い、午後イチくらいまで晴れていた。
Hurricane Crackをトライしに、Echo Rockへ。


Pope's Crack(5.9)でアップすると、またクラックの中がえらくヌメるように感じた。
前日にいくらか降ったのだろうか。
Pope's Crackは程よく緊張してちょうどよいクラックだった。
あさこさんがフォロー回収して、それからHurricaneにトップロープを張りに行った。
Echo Rockの裏から歩いて上に回り、怖いスラブをおっかなびっくり下ると右隣のルートのアンカーが。
そこからほぼ水平に左へ振ったところにHurricaneのアンカーがあった。
ロワーダウンしていくと、とにかく傾斜があった。カムを差しまくらないと手が届かない。
いざ下からやってみると、やはり左のコーナーから強傾斜シンクラックに移るあたりが悪い。
とにかくフィンガージャムの効きが悪い。浅いし、タイト。
そしてやはりここでもクラックの中に湿気を感じた。
いちばん悪いらしいセクションはしばらく試行錯誤して一部バラせず、その上のセクションはどうにかできた。
クラックが広がってからは割と易しいが、それにしても明らかにヌメりすぎた。
チョークアップして数秒後にでろでろとは。
Yosemiteに来る以前から、そもそも指皮が仕上がっていなかったように思う。それくらいに指はふやふやだった。
1回のトライで可能性をあまり感じられず、風が冷たくなってきてやけに疲れを感じたので、早めに撤収。

キャンプに戻って1時間ほど昼寝。
夕方からは雨が降り出し、豆缶を使ってスープを作って食べ、就寝。
ビッグウォールの疲れなのか、やせ細りすぎたのか、どうにも疲れやすくなってしまった感じがする。