2023年12月25日月曜日

Yosemite23 その③

 11/1(水) Freerider day1
夜明け前、4時過ぎに取りつきに着いて、同日にゴーアップするノミカシペアのすぐ後ろで登りだした。
前の2人について行くつもりだったけれど、こちらは3人。当然すぐに差が開く。
前日と変わらず、前半が僕、後半がハカセの担当。
まず核心になる4P目(5.11bc)のスラブを、日が当たり始める直前に首尾よく抜けた。
1年前に登っているので当然と言えば当然、しかし落ちられないプレッシャーはむしろ今年の方が高かった気がする。

そのまま5P目(5.11a)も無事に登って、Triangle ledgeでハカセにバトンタッチした。
ハカセはもちろんすべてOSトライなので、かなり迷いつつもノーフォールで越えていった。
ハカセ on Half Dollar

実際やってみるとなかなか恐ろしいらしいダウンクライムを終え、Heart Ledgeに到着。
心配していたデポ品は、僕の行動食が食い荒らされたのみで、とりあえずはなんとかなりそうだった。

カメラを向けられてニカニカしたら、「どこかの駐屯地に居そう」と言われた

Heart Ledge上の11cは僕がリード。日に焼かれた岩が相当暑くて焦ったけれど、落ちずに越えた。
1ピッチ分荷上げをして、最後に次のピッチにロープをフィックスして、Lung Ledgeで泊。

11/2(木) Freerider day2
朝イチ、薄明るくなる中で荷上げ。この日はハカセのHollow Flakeからスタート。
1年前、相当気合を入れておっかなびっくり登ったなぁ、と思い出しつつ応援。
ハカセは1度落ちた後、すぐに登り返してきて、2回目のトライでRPしていった。


そこからのトラバースを含む荷揚げで相当に時間を食ってしまった。
そこからのMonster Offwidth手前までのピッチはすべて僕がリード。
グレードは易しいピッチが続いたものの、荷上げの遅さに加えて、
ロープの短さによってピッチを切る位置を迷ったり、ラインを間違えてクライムダウンするなどが重なる。
最終的に、Monster Offwidthの手前までで日没。
Monsterを担当することになっていたハカセが、暗闇でこれをリードする自信はない、とのことなので、
大きな荷物は上の支点に残して1ピッチ下降、名前もない狭いレッジで泊まることに。
この日ばかりは、ポータレッジを持ち上げていて助かった。

11/3(金) Freerider day3
長いFreeriderの中で、一番初めに日が当たるのが、実はMonster Offwidthだった。
前日張ったフィックスを登り返し、朝日が当たる中、ハカセがMonsterに挑む。
が、前日荷物を背負って散々ユマールし、荷上げの手伝いまでしてくれたからか、お疲れの模様。
4トライするも、本題のワイドに入り込むことは叶わず、バトンタッチとなった。

正直、自分にMonsterが回ってくるとは思っていなかったけれど、
「これがリードできなくては、自分にこの先はない!」と強引に奮い立たせてリード。
全力で力んで10センチほどしかずり上がれないわけだが、「心を折るな」とだけ念じて、ひたすら藻掻き、
なんとか中間にあるアンカーまでたどり着いてピッチを切った。
途中の小レッジに30分くらい留まって休んだ気がする。

相変わらず重い荷上げをこなし、Monster後半は再びハカセに交代。
2トライでテン山になりつつ抜けていった。
後半もあの苦しいサイズのオフウィズスが続くのかと思うと、少し気が遠くなった。

Monsterを完全に抜けて荷上げも終えた頃には、スタートからなんと8時間が過ぎていた。
そしてハカセがもう1ピッチ登ってAlcove、さらに僕が1ピッチ伸ばしてEl Cap Spireに這い上がった。
最後の荷上げを終えて夕飯を食べつつ、天気予報をチェック。
2日後に雨が降る、との予報が出ていた。
今の自分たちのスピードでトップまで抜けるのは無理だと判断し、敗退を決めた。
トミー・コールドウェルはEl Cap Spireがお気に入りのビバーク地なのだそうだが、
真っ平なテラスから見上げる星空を楽しむほどの気持ちの余裕は、正直なところ無かった。

11/4(土) Freerider day4
ゆっくりと起き出し、荷物をパッキングしなおしてラペルを開始。
荷物が多いので、1人目と2人目の間でホールバッグをひとつ吊り下ろす作業が入った。
僕は70Lのホールバッグを腰から下げていった。
流石にこれだけ重さが加わると、長年使っているセミオートロックの下降器も、制動が弱くなって恐ろしかった。
SpireからHollow Flake Ledgeまで5ピッチ。この日も変わらず日差しが強く、暑かった。Hollow Flake Ledgeからは、真下に上がってくるBarmuda Duneのラインを下降。
初見で、行き先が見えず怖かったが、BW氏が先陣を切ってラインを探し出してくれたおかげで助かった。

実際、ラインさえ分かればほぼ直線で、Heart Ledge方面に降りるよりもスムーズだった。
Hollow Flake Ledgeから5ピッチで地面に降り立った。
壁の下でしばし呆然として、それから荷物をまとめ、車に戻り、キャンプへと帰った。


11/5(日) レスト、ベースを移す
キャンプを撤収し、Camp4に引っ越した。
午前中は使用したギアの整理と、荷上げしたけれど不要だったものの仕分けに充てた。
結果、すべて合わせて30キロ近いと思われる無駄があったことが分かった。
ポータレッジを持っていくことの是非は別としても、信じられない失敗だった。
しかし、この経験とデータはこれからの宝になるとそれだけ信じて、前を向きたい。

なくてよかったと判断されたものたち(水、食料も一部ある)


11/6(月) レスト
パートナーたちが帰国してしまったあさこさんを入れて、4人でOakharstへ出かけた。
ハンバーガーを食べ、買い物と給油。

11/7(火) レスト
3人でMariposaへ出かけた。
昨年2回も行ったクライミングミュージアムへ、今年も行った。
スタッフのお姉さん(相当な長身)が「あなた、去年も来たわね!」と迎えてくれて驚いた。
展示は、何度見ても面白いし、ショップもやっぱり楽しかった。
How to Big Wallと、ブラッド・ゴブライトの伝記を買った。

2023年12月8日金曜日

Yosemite23 その②

10/27(金) Lostarrow Chimney
3時起き、ハカセの腹痛により出発は4:20ほどになった。
Yosemite villageのちょっと奥、消防車の車庫(?)らしきところの裏手からトレイルに入り、
すぐに現れるガレ沢を上がって、ブッシュの濃いバンドをトラバース。
このバンドの先でまず迷ってしまい、辺りが明るくなってくるのを待った。

視界が得られてからアプローチを辿り、そこから1時間ほどでYosemite Fallsの取りつきに着いた。
Lostarrow Chimneyは、見るからに大きくて暗く、威圧的。
そして登ってみると、それ以上だった。
スパイヤーから左下に落ちている何よりも顕著なチムニーに入っていく

3P目のハカセ

4P目

5P目をフォローする

核心になる7P目をフォローする

ツルベでノーフォールだったものの、次々に現れる5.9~5.10aの手ごわいオフウィズスにやられる。
そうやってもがいている時間はどんどん過ぎ、スパイヤーの肩のthe notchに抜けた頃には真っ暗だった。
スパイヤーの頂上までは残り2ピッチあったけれど、これは危ないと思い、下降ルートで降りることに。
しかし嫌な予感は当たり、いきなりルートどりを誤って全く違う方向へ降りてしまい、
ハカセは完全な空中で途方に暮れて60m以上の登り返し、
こちらは強風が吹きつけるテラスで震えて、「このまま朝を待つのは無理だ!」と確信。
すがる思いでネット検索してみると、壁に向かって右下のガリーへ入るということが分かり、
そちらに降りなおしてみると、ずっとボルトアンカーが続いていた。
しかしそれでも、夜の闇の中ひたすら長いラペルを繰り返すのは、応えるものがある。
とにかく無事地面に降り立って、分かりにくいアプローチを歩いて戻り、
迎えに来てくれたBW氏と合流したのは、日付が変わるころだった。
下にはYosemite Villageの灯りが見えているが、ここから長かった。

クライミングの充実度はものすごく高かったが、ルートとしては敗退。そしてとても恐ろしい思いをした1日だった。
もはや魂が抜けかけの二人

10/28(土) レスト
起きると、体が痛かった。
ワイドとスクイズの連続は、股関節周りに効いていた。
ゆっくりと起き出し、車の給油等のためにEl Portalへ。
それから公園内に戻り、ギアショップ、スーパーなどを回って、Camp4で水を汲んだ。
夕方、El Capの前を通ると、the Earの辺りにホールバッグがぶら下がっているのが見えた。
大和撫子パーティが奮闘していたらしい。地面から視線でエールを送るしかなかった。

10/29(日) レスト
体の痛みはもうほぼなかった。
大和撫子たちは、昨夜どうにかAlcoveに上がってビバークしたようだった。一安心。
買い物がてら、この日はSonoraの街へ出かけた。
Walmartなどがあり、今回のキャンプ場からならMariposaなどよりも近いので、今後利用したいところ。
翌日の昼間に、Swan Slabでフィックスを張ってBW氏の足首の状態を確かめ、次の日に再度ゴーアップすることになった。
このバーガーのセットだけで2000円以上するが、円安だとかを気にしてはいけない。

10/30(月) レスト→Swan Slab
朝イチで公園へ行って、パーミッションを出して、買い物とシャワー、洗濯。
それからSwan SlabでBW氏の足首がどれだけ動かせるか様子見。
Camp4ではノミカシペアや、倉上さんらと会って話もした。
Swan Slabでユマールしてみた感じ、一先ずは大丈夫そうだったので、
予定どおり3人そろってゴーアップすることになった。
昼食はCamp4向かいのYosemite Lodgeのフードコートに行ってみた。
が、ここは高い割に味はそれほど良くなかったので、もういいかな、という感じ。
帰り道、またEl Capの前を通りかかって見上げると、El Cap Spireの上あたりに大和撫子たちらしき姿が見えた。

仕切り直しに6日かかってしまったが、明日から改めて壁に入る。
昨年から数えて三度目の正直となるか。
回数のことはもうどうでもよいので、この壁を登り切ることをできる限り前向きに、カジュアルな心持ちで叶えたい。

10/31(火) Freeblast
2時起き、3時前発。4:30頃に取り付いた。
月明かりの下、冷え込みも緩み、手が悴まないくらいで快適に登り始めた。
2P目まで登ったところで便意が我慢できなくなり、ロープにぶら下がって袋にするという得難い経験もした。
が、この袋に小さい穴が開いて...結果は小々の惨事。OMG。
さて気を取り直して、と思ったところで、下のピッチのビレイ点でクラックに流れ込んだスタティックロープがスタック。
回収を試みたハカセの奮闘も空しく、ロープを切ることになった。
荷揚げ用のスタティックロープの長さが足りなくなるのは致命的に思えた。
狭いビレイ点では残ったロープの長さを確認することもできず、一度撤収することにした。
地面に戻ったのは、核心のスラブに日が当たり始めるよりも前だった。
それからギアショップに行ってみたものの、売っているのは60mのみ。
その後あちこちで調べてみて、どうやらFreeriderは60mあれば足りそうだ、ということが分かった。
残ったスタティックロープを手持ちの70mロープと比較してみて、おおよその長さを把握し、これで行くことにした。
あとはキャンプ場で暇な午後を過ごした。

焦ろうが苛立とうが結果は変わらないので、努めて前向きでいたいが、
Heart Ledgeのデポ品がネズミやカラスに荒らされているという情報を日本人パーティからもらったり、
来週には一度ストームが来そうだとかいうことを見聞きしたりすると、
どうにも気持ちがぐらつきそうになる。
この1年間は、いったい何だったのか、と。
しかしBW氏は着いて早々に捻挫をして、その後はユマールしか出来ていない。
登った量で言えば、ハカセも自分と大差ない。
後がなくなっているのは皆同じだった。
細かいミスで思うように進まないことにやりきれなさを感じるが、それは誰のせいでもない。
上を向いて、もう一度向かうしかない。


2023年11月28日火曜日

Yosemite23 その①

今年もYosemiteに行ってきました。
結果から書くと、今年もまたFreeriderで敗退、Salatheのヘッドウォールには取りつくこともできませんでした。
が、帰国して1週間と数日、気持ちは早くも次回の遠征に向いています。
ということで、今年も書き溜めた日記を適宜加筆しながら載せていきます。


10/21(土) 移動日
自宅近くの駅から羽田空港までバスが出ているので、今回はそれを利用。ずいぶん早く着いた。
海へ行くのか山へ行くのか分からない恰好で現れたハカセ

会社の先輩から借りた120Lのキャリーバッグが若干サイズオーバーで、「これはヤバいかも」と思ったけれど、
受付の人が「本当はダメなんですけどね...」と機械をマニュアルで操作して通してくれたので、超過料金はかからず。
ありがたや、ありがたや。
10時間のフライトでLAXに着き、数時間先に着いていたBW氏と合流してレンタカーをピックアップ。

フレズノで買い物をしつつ北へ走り、22:00過ぎにキャンプ場に到着。

10/22(日) 買い出し、パッキング
今回前半に泊まっていたキャンプ場は、Yosemite国立公園の外にあり、Camp4までだいたい車で50分かかる。
キャンプ場とはいってもそれは名ばかりで、実際行ってみるとただの林道で、
その脇の広くなったところに自由にテントを張るという形式。
水もトイレもなにもないが、そのかわり完全に無料。
人も少なく、不便なことに目をつむればなかなか快適だった。

前日は夜遅くについてとりあえず道の真横にテントを張っていたので、広い場所を探して張り直した、
この日は朝イチでYosemite Westのハンス・フローリンの別荘へ行き、ヒゲ先生のポータレッジを回収。
それからMariposaの街に下りて食材と水を買い込み、キャンプ場に戻ってパッキング。
荷物はすべて合わせて90キロ程度になった、かと思いきや、
壁の中で悪天に遭った場合に備えて予備食を入れる、それに合わせて水を増やす、などなどあって、
結局100キロを軽く超えることになった。


10/23(月) 荷上げ
4時に起きて5時に出る予定だったけれど、用意に時間がかかり5:30出発。
BW氏とハカセは時差ボケが酷く眠れないらしい。
自分はというとそうでもなく、なんだかよく分からないが、少し得した気分。鈍いだけ?
まだ暗いうちにHeart Ledgeへのフィックスの取りつきに着いたものの、先行パーティーがいた。
そしてこの二人組の荷上げがとにかく遅かった。
結局、僕らが1P目を登りだすまでに3時間ロスすることに。うーん。
待ち時間を除けば、荷上げの作業自体は3~4時間で終わった。
プロトラクションを使い、1人が完全に重り役になるのが、シンプルでいい。


荷上げを終えてからはYosemite Villageの窓口でパーミッションを取った。
昨年よりもかなり単純化されたようで、窓口の外に置いてある用紙に記入して、同じところにある袋に提出、控えを持って帰るだけ。
これで24時間いつでも申請でき、かなり楽になった。

10/24(火) レスト
9時に起きた。2人の寝不足も解消されてきただろうか。
昼までトポを見ながらピッチの割り振りを決めて、午後はCurry Villageのギアショップなどで最後の買い物。
さて、1年経って、Freeriderをどう感じられるか。明日からがいよいよ本番。

10/25(水) Freerider
El Capitanにゴーアップ。2時起き3時出発。
Freeblastは闇の中で、なかなか寒かった。
僕は昨年一応登っているので、この日はひたすらユマールしてサポートに徹する。
大きめのザックを背負ってユマールしていると、なんだか前回を思い出す重さ。
なぜか腹が立つ笑顔

この日の担当は5P目までがBW氏、その後Heartledgeまでがハカセ、ということだった。
が、BW氏が4P目のスラブ(5.11b/c)の最後で落ち、足首を捻挫。
程度が重そうなので、一度撤退することになった。
地面まで下り、車まで交代でBW氏を担いだ。学生時代に山岳会でしごかれていてよかった。

それから一路Mariposaの病院へ。
待ち時間がとても長く眠くなったが、診察の結果、骨折などはなく、安静にすれば良さそうだった。
折角街まで来たのでスーパーで買い物をして帰り、夜はトマトで皆の分のパスタソースを作った。
一度目のゴーアップは残念だったが、時間はまだある。

10/26(木) レスト
BW氏は思いの外けろっとしている。
9時に起きて遅い朝食を摂り、昼頃に谷へ出かけてDegnan'sで通信など。
次の日ハカセと2人でLost Arrow Chimneyを登りに行くことになった。
しかし、Degnan'sでぼんやりと通信していると、「ここでこんなことをしている場合ではないのだけどな」と思えてくる。
しかし勿論これは致し方ないことだ。
チームでやることを選んでいる以上、メンバーに合わせることも大切。昨年学んだことだ。
焦りは感じるが、昨年とは違う。そう言い聞かせている。

2023年10月10日火曜日

秋と呼ぶには

9月終わりでもまだ残暑が厳しかったのに、この1週間ほどで一気に涼しくなりました。
むしろ冷え込みすぎて朝晩は寒いくらい。
この週末は、朝一で山に向かうときに車の温度計が5℃を差していた。
所謂「秋」と呼べる季節は、本当に来るのだろうか。

9月の終わりの日曜日、瑞牆でひとりボルダーサーキットに出掛けた。
どうにも週末の度に雨が降ったりやんだりで、ちょっと涼しくなってきた以外は大して好条件でもなかった。
梅雨前に初めて100本のプランを作ってみてから、実はもう2回くらいサーキットをしているのだけれど、
どちらも夏の時期であまりしっかり追い込めず、「疲れたなー」くらいで終わったので割愛。
夏の終わりが見えてきた今回こそは100回るぞと意気込んで準備したはいいが、
金曜日に降った雨の影響が意外と尾を引いて、土曜日の山は湿っぽいまま。
コンディションはあまり期待できなかったので、当日はゆっくりしたスタートになった。

4回目ともなると、同じ回り方ではさすがに飽きる。ということで、今回はみんなの岩からスタートして逆打ちすることに。
また、回るスピードを上げるためにトライは3回まで。
課題が易しくても1回落ちると一気にシリアスになるルールになった。

以下、当日の記録。
9:55スタート
1. 集団登高 5級 1トライ 
2. みんなのスラブ 3級 1トライ
3. ベイトボール 3級 1トライ
4. 二重斜線 4級 2トライ
5. 望郷 2級 1トライ (10:15)


6. 算術 1級 3トライ
7. 計算尺 5級 1トライ
8. そろばん 5級 1トライ
9. 方程式 2級 3トライで登れず
10. イワタケ畑 3級 1トライ (10:50)


11. 少年 3級 1トライ
12. 氷柱 2級 1トライ
13. 黎明期SD 3級 2トライ
14. 東雲 1級 3トライ
15. 泉の家 初段 3トライで登れず (11:35)
16. 霞の目 3級 2トライ
17. 木漏れ日 2級 2トライ
18. 森の人 6級 1トライ
19. 森の生活 6級 1トライ
20. 茜雲 3級 1トライ
21. 草笛 1級 3トライで登れず
22. 団栗トラバース 3級 1トライ
23. 団栗 5級 1トライ
24. クリネズミ 4級 1トライ 
25. 寒空 初段 3トライで登れず  (12:35)
26. 冬の動物 3級 2トライ
27. 冬の来訪者 3級 1トライ
28. 先住者 1級 3トライ
29. 眠った風 初段 3トライ


30. カラクリ 1級 1トライ (13:50)
31. 百里眼 1級 1トライ
32. 一本桜 3級 1トライ
33. 桜餅 2級 1トライ
34. 夜を待ちながら 2級 3トライで登れず、泣きの1トライで登った
35. スーパークーロワール 7級 1トライ
36. 瑞牆レイバック 3級 1トライ
37. 桃源右 6級 1トライ
38. 桃源左 5級 1トライ
39. コールドスリープ 1級 1トライ
40. がちゃ豆 5級 1トライ
41. 日々の暮らし 1級 1トライ
42. カルカド 3級 1トライ
43. インタシン 3級 1トライ
44. 日暮右 3級 1トライ
45. 日暮左 2級 1トライ
46. 光合成 初段 3トライ (15:40)


47. 夏木立 1級 1トライ
48. シャリシャリ君 3級 1トライ
49. ガリ子ちゃん 3級 1トライ
50. リッチくん 5級 1トライ
51. ガリガリトラバース 2級 1トライ
52. ガリガリ君 1級 1トライ

車で少し移動。

53. 小藪の細道 6級 1トライ
54. 穴契約社員 3級 1トライ
55. ナーガ 1級 2トライ
56. 阿修羅 初段 3トライで登れず
57. ガルーダ 二段 3トライで登れず
58. 信徒 1級 3トライで登れず
59. ウッドマントル 3級 1トライ
60. チップクラック 2級 1トライ
61. デールクラック 3級 1トライ (17:30)


62. シマリス 5級 2トライ
63. スケルトンSD 1級 1トライ
64. 背伸び運動 3級 1トライ
65. ミトラ 3級 1トライ
66. トラツグミ 3級 1トライ (17:55)

67. VOCK 初段 3トライで登れず、泣きの1トライで登った
68. ロイヤルポケット 5級 1トライ
69. 御門 4級 1トライ
70. 玉 2級 1トライ
71. 剣 4級 1トライ
72. 鏡 6級 1トライ (18:30) 終了


回った本数で言えば、前回よりも多く回れたわけだが、100本には到底届かず。
3トライで登れずに敗退した課題は7本。
やはりコンディションに左右されやすい課題は、リピートでも厳しかった。
その中で眠った風、光合成と、最後のVOCKを登れたことは、まあ満足と言っていい。
今回初めて登った先住者も、高いところで進退窮まる感じでよかった。

指も手足もかなり痛かったけれど、感触としては悪くない。






2023年9月19日火曜日

測るⅣ

クライミングに関する記述がかなり空いてしまいましたが、ちゃんと登っています。
夏ということでシーズンオフですが、ボルダーサーキットなり荷揚げの練習なりリボルト作業なり、天気が怪しい中ほそぼそとやっています。
盆休み中、貴重な晴れ間にフリーウェイを登りに行ったら、ルートの半分はびしょ濡れでエイド、ということもあった。
まさか錆びた古いボルトラダーに救われる日が来るとは。

先月の終わりには、珍しく小川山のスラブを登りに出かけた日もあった。
マラ岩の下部のスラブをあまり登ったことがなかったので、そこに行ってみた。
思い起こすと、届け手のひら(5.10d)とJECCルート(5.10d)以外は登ったことがなかった。
手当たり次第に一通りすべて登ったけれど、瑞牆とは違う味わいの渋いルート揃いで面白かった。
特にてんかちゃん(5.11c)はOSを逃し、かなり苦戦して2撃。
ムーヴをしっかりバラして、相当慎重に登った。体感は12の前半くらい。時期のせいなのか?
ところでここのスラブはルート同士の間隔が近く、見た目には隣のルートと重なっているように思える個所もあるのだけれど、
実際に登ってみるとどれもほぼ独立した内容を持っていて驚かされた。
岩は見た目によらないし、ルートも見上げただけでは分からないものだと思う。


さて、雑な回想はこれくらいにして、本題。

今月の初め、瑞牆でハカセとマルチの継続をやった。
今回はとにかく長く、24時間行動を越えることを目標にプランを作り、実行してみた。
ハカセが作ってくれたルートのリストを見て「流石にこれ全部は...」と笑ったりしたものの、まずはやってみましょうということになった。

土曜の朝にハカセを拾って出発。
圏央道から中央道まで繋がる渋滞にハマり、トイレの限界が近かったので、
八王子JCTをスルーして高尾山ICで下り、インター横のトイレに駆け込むという柔軟なムーヴを繰り出す。
と、今度はトイレが渋滞していて待ちぼうけ。
渋滞が嫌なのは皆同じ、そしてタイミングの悪い便意が来ることも皆同じ。
これで随分時間を食ってしまったものの、10時前に瑞牆に到着。
「どうせ時間はイヤになるほどあるから」と、ギアをだらだら準備して10時半頃に出発した。

1本目 ワイルドアットホーム 160m  11:30取りつき→13:30トップアウト
昨年夏の継続のときはハカセがトップバッターだったので、今回は僕から。
ちなみにここで1P目をリードすると、続くフリーウェイの苦しいピッチも全部引き受けることになる。まあいいよね。
2ピッチ繋げて伸ばしたりしたものの、あまりスピードは上がらず丸2時間で終了。
下降は同ルートを懸垂した。
このときはまだシューズを食べる元気がある

2本目 フリーウェイ 235m 14:45取りつき→17:30トップアウト
時間を書き出してみると、どうも取りつきに移動してからぐだぐだしていたらしい。
前回びしょびしょでどうしようもなかった分、今回は乾いているだけでもう快適に感じた。
更にありがたいことに、この日は曇りがちで突き刺さるような日差しもない。
2本目でもまだ元気はあり、ひたすらにくだらない話をしつつ抜けた。
下降はイクストランへの旅を辿って懸垂。60メートルロープでもこまめに切れば問題ない。
きれいな夕日

と、あまりきれいとは言えない顔

3本目 左稜線 245m  18:45取りつき→21:00トップアウト
フリーウェイを登って取りつきに戻るとかなり暗くなってきたので、ここからヘッドランプ装備で夜間登攀になった。
左稜線は荷物もすべて持って登った。基本はフォローが背負って登る。
後半のワイドだけは背負えないので、フォローが一時テンションをかけて荷揚げ。
初めてのやり方だったけれど、軸足は山の壁であるハカセの機転でほどほどに上手くいった。
が、ハカセのサブザックには穴が開いた。
頂上で一息ついて、裏側のフィックスで下降。

だんだん壊れ始めている

4本目 一刀 185m 21:45取りつき→0:25トップアウト
一刀の取りつきは大面から下りてすぐ、なのに登りだしたのはこの時間。ペースが落ちてきている。
アプローチシューズと上着を腰につけ、1P目をリードしていったハカセ。
その腰につけた荷物がロープに絡まり、あわや落ちかけるというヒヤリハットがあった。
すんでのところで荷物を外して下に放り投げ、ノーテンで登っていった。
頭上の暗闇から靴が降ってきた僕としては、なかなかスリリングだった。
続くクラックのピッチは、外側の壁のフットホールドが見えづらく、かなり登りにくかった。
最後の11aで集中が途切れそうになったものの、必死で頭を働かせ、落ちずに登り切った。
頂上でハカセが動画を撮ってくれたが、眠気であまりにぐだぐだだったので流石にお見せできない。

岩の裏から懸垂で下り、取りつきに戻ったところで二人とも完全に電池が切れた。
ハカセの「ちょっと休もう」の一言を最後に、どちらも全くしゃべらなくなり、
そのまま斜面に背中を預けて一瞬で寝落ちした。
しばらくして寒さで目覚め、一枚上に羽織ろうと、木に掛けておいたジャケットを探すも、ない。
足元を見ると、ハカセがそれに包まって死んだように眠っていた。
引きはがすのは忍びないので、そのまま寒さを我慢しつつもう少し寝た。
明らかに体脂肪が1桁に見える彼は、なぜか体脂肪率が18%と出てしまう僕よりも寒かったことだろう。

30分経ったか1時間経ったか、どちらからともなく「行かなきゃダメだ」と起きて、
「サムイ」「ネムイ」と20回くらい呟きながら荷物をまとめて歩き出した。
ほとんど口も開かないので、「サムイ」も「ネムイ」も同じに聞こえる。
計画では、この次に蒼天攀路を登ることになっていたが、とてもそんな気分ではない。
ともかく、易しいルートで体を暖気することにした。

5本目 Joyful Moment 115m 3:45取りつき→5:00トップアウト
お互いゾンビのようになってルートの取りつきに着いてから、また15分だけ仮眠。
「これ初めて登る」というハカセが暗闇の中トラバースしていった。
2P目を登って振り返ると、白み始めた空に富士山が浮かんで見えた。
その輪郭を縁取るように、灯りの線が煌々と続いていた。
夜明けの寸前にトップアウトすると、東の空から光の柱が伸びている幻想的な景色を拝むことができた。

明るくなると元気が出てくる

6本目 錦秋カナトコルート 155m 6:00取りつき→7:00トップアウト
ベルジュエールとか秋一番とか、いろいろとプランに入れていたものを飛ばして、最後の一本。
流石に夜も明け、いつもと変わらないクライミングに戻った。
違うのは、もはや眠気も感じないくらい変なテンションになっていたことくらいだ。
奇声なのかコールなのかよく分からない声で叫びつつ、ひと際賑やかく岩の頭に抜けた。
一番乗りを狙ったどこぞのパーティーが十一面のガレ沢を登ってくる声が聞こえたので、
僕らの冷静になると聞くに堪えないやり取りも聞こえていたのかもしれない。
カナトコ岩の上からは、瑞牆山のシルエットが下に広がって見えた。

この頃にはシューズが食べられるくらいには元気になった

ここから山賊黄昏を下降して、荷物をまとめてガレ沢を下っていくと、末端壁にはすでに何人もクライマーがいた。
この時間に上から下りてくる僕らには、好奇の視線が注がれていた、ような気がする。

駐車場に戻ると、8:30だった。

行動時間はざっくりと22時間。24時間には少し足りなかった。
もともと立てていたプランも、本数で言えばこなせたのは半分以下。
これは実際にやってみないと本当に分からない部分なので、下方修正はやむなしか。
2日とも曇りがちで比較的涼しく、シューズを履く足が痛くならなかったのはラッキーだった。
むしろ、事前に想定していたよりも夜間登攀でスピードが落ちたこと、そして眠気に完全にやられたことが反省点だった。
前者は多少受け入れるとしても、後者は登る時間帯の調整でどうにかできるはずなので、次に活かしたいところだ。

反省点、そこからの改善点がぼろぼろ出てくるが、一先ず腹ごしらえ。ちゃんとしたご飯が食べたい。
ということで、11時まで駐車場で時間をつぶし、みずがき食事処でジビエを食べて帰った。
帰りの運転は、夜中の一刀を登るよりもよっぽど危なっかしく、遙にスリリングだった。


2023年9月4日月曜日

懺悔とジレンマ

「自分は大きな勘違いをしているのかもしれない」
そう感じ、考えさせられる出来事があった。
 
ひと月ほど前、弁天岩と摩天岩に行く機会があった。
雨の翌日で、ルートはジメジメ。それでも弁天岩で目当てのルートをなんとか登った。
摩天岩に下って、ふと対岸に立つ弁天岩を見やると、見慣れた大ハングが目に入る。
そしてその壁に張られているロープの数に驚いた。
対岸から見えただけなので正確な数は把握しきれないけれど、二十億光年の孤独とHumble、それぞれに複数本のロープが垂れていた。
この光景はここ数年、何度か目にしたことがあった。
それだけこの岩場、これらのルートに足を運びトライする人が増えたということだろう。
初登者として、その事実は間違いなく喜ばしいことだ。
しかしその一方で、どうにもモヤモヤとしたものが胸の内に残った。
何本ものフィックスロープが弁天岩のハングに掛かっている様子を見るたびに、非常に複雑な心境になった。
 
予め断っておきたい。僕は2本のルートにトライ中の人たちを非難するつもりは全くない。
その上で「この状況は良くないのではないか」と感じている。
 
ここで、いくつか告白しておきたいことがある。
 
まず僕は、特にRやXのつくルートに関して、トップロープ等でムーヴを組み立て、リハーサルをすることを受け入れてきた。
むしろそのルートが困難であればあるほど、しっかりとリハーサルをして臨みたいと考えてもいた。
それは、どれだけ沢山リハーサルをしても、いざリードでのトライとなれば、緊張感や墜落への恐怖はまるで別物であり、それによって登りの精度そのものにも予想できない狂いが生まれ、そのクライミングには依然不確かさが残っている、と僕は思う。
その不確かさを、自分の肉体と精神を信じて一歩踏み超えることに価値があり、尊さがある。そう信じてきた。
また、不必要なボルトは打たずに登るということにも、強い魅力を感じていた。
クラッククライミング等の魅力としてよく言われる「登って降りた後になにも残らない」ということも勿論良さのひとつだが、僕はむしろ、「クライマーがやるべきことが増える」ということに面白さを感じていた。
プロテクションはどこにどう取るのか、その上でムーヴはこなせるのか、そもそも登るべきラインは岩のどこを辿るのか。
ボルトという残置物がないことで、こちらは様々な工夫と熟考を強いられる。
相応のリスクは伴うが、それがボルトのないルートの良さだと考えてきた。
 
そして、その考えに従い、二十億光年の孤独もHumbleも、どちらもフィックスロープを張って掃除、プロテクションの確認、そしてリハーサルを行った。
その際、数年に渡って弁天岩のハングにフィックスロープを残置しつづけた。秋の終わりにロープを回収せず、冬の間もそのままにしてしまったこともある。
 
Humbleが完成してしばらく後、クライミング界の大先輩と話す機会があった。
Humbleの初登記録が載ったRock&Snowを手にした大先輩を見て、僕は内心、称賛してもらえるのかもと期待していた。今思うと恥ずかしいことだ。
大先輩は静かにこう言った。
「君がもっと強かったら、グラウンドアップで登れたのではないかな」
流石にそれは無理です、と思った。「理想はそうでも、限界はあるよ」とフォローをしてくれた友人もいた。
しかしこの問いは、今でも僕の中に永く尾を引いている。
 
 
今回、弁天岩の今を改めて目の当たりにし、僕は自分の中に残ったモヤモヤしたものが何なのかを考えた。
そしてそれは、この手のクライミングが孕むひとつのジレンマなのだと思い至った。
ボルトを打たずに登ったことで、かえって壁に残置される物を増やしてしまったのではないか。
僕はたしかに、終了点以外のボルトを打たずにあの壁を登ろうと手を尽くし、それが結実して2本のルートができた。この「手を尽くす」ということに、僕は自分のクライミングそのものの在り方を見出しているし、出来上がったルートも気に入っている。
そして初登したルートは、一度公にすれば自分ひとりのものではなくなる。どう向き合い、どう登るかは各個人の自由であり、その人の考えに委ねられる。
しかしその結果、登るために使うボルト以外の残置物が多くなるとしたら、どうだろうか。
自分がなにか大きな間違いをしてしまったような気がしてならない。
 
繰り返すが、今弁天岩のルートにトライしている人たちを非難する意思は、僕にはない。
むしろ初登者として感謝したいし、トライしている全員に登り切ってほしいと願う。それはクライミングに対する価値観とはまた別に、「ルートは誰かに登られることで存在しつづける」という信条があるからだ。頼まれればビレイでもなんでも引き受けたいくらいだ。
そしてそもそも、フィックスロープについて文句を言う資格は僕にはないのだ。
なぜなら、僕自身がフィックスロープとリハーサルを受け入れてこのルートを登っているからだ。
開拓時には掃除や終了点の設置などの作業があるから、という考え方もあるが、フィックスロープを張って使ったという事実は動かしがたい。
 
ここしばらく、僕の心中はずっと複雑だ。
あの2本のルートを登るために自分が採った手段は、本当にそれでよかったのだろうか。
もしもそれぞれのルートの核心部に1本でもボルトが打たれていたら、現状は違っていただろうか。
ボルトを残置しない代わりにロープを残置することには、果たしてどれだけの意味があるのだろうか。
室井登喜男さんは、ボルトを「妥協点」と語った。僕もその考えには同意するものだ。そして、ボルトと違いずっと壁に残るものでないが、フィックスロープもまたひとつの「妥協点」なのではないか。
そうだとすれば、何の疑問も持たず、リハーサルを行うことを前提にしたクライミングを行ってきた自分は、その「妥協点」に対する考え方を見直すべきなのではないか。
 
弁天岩のハングに通っている人たちのうち、何人かとは個人的なつながりがある。
そうでない人も多かれ少なかれ、どこかでお会いしたり、一方的に尊敬していたりと、様々ある。
その人たちの燃やす情熱に水を差すことになってしまったとしたら、心苦しいばかりだ。
「通い慣れた岩場に来る人が増えて、景色が変わることを拒んでいるだけじゃないの」と言われれば、それまでなのかもしれない。
しかしこれは、自問し続けなければいけないことなのだと強く感じている。自分が今後このクライミングを追求し続けていくためにも。
 
「君がもっと強ければ…」と問いかける大先輩に返す答えは、まだ見出せていない。