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Day 10:15ピッチ目
前日の長い戦いを経ても、いつでも登れるという気持ちだった。私はモチベーションで満ち満ちていた。気が逸りすぎていたせいで、一晩中まったく眠れなかった。腰はまだ痛んだけれど、昨日一日で悪化した様子はなかった。
この日も曇りで、コンディションは最高だった。
15ピッチ目は、Dawn Wallで14ピッチ目に次ぐ大きな核心だ。2015年の初登時、Kevin Jorgesonが行き詰ったのがこのピッチだ。グレードは5.14c/d。個人的には5.14cというところだが、非常にテクニカルで指への負担が大きい。長いアプローチ部分が5.13dで、その後のミスの許されないボルダームーヴでは足と指先の極限のコントロールが求められる。
初めのトライでムーヴを確認し、ホールドにチョークをつける。それから本気のトライが始まる。最初のレッドポイント・トライで、あっという間に最後の核心までたどり着いた。できるという感触があった。しかし…「くそっ!」思いもよらないところでスリップした。
ビレイ点まで戻り、20分のレストを挟む。
2トライ目は、出だしでミスをして落ちてしまった。
畜生。頭の中では疑念が湧き上がり、14ピッチ目のようにまた何度もスリップするのではないかと思えてきた。
しかしどうにか気持ちを切らさず、起きたことよりも自分がやるべきことに集中した。
次のトライで…私は登り切った!核心ではホールドを強すぎるくらいに握り込み、最後の数手に意識を集中した。これが上手くいった!やった!!!これでこのルートの完登が現実味を帯びてきた。とにかく興奮した!
ここまで登ったピッチに比べて、この16ピッチ目はあまり入念にリハーサルをしていなかった。取り付いてすぐに、まだ繋げて登るには詰めが足りないことが分かった。私は45分かけてムーヴを作り直した。それから1回トライしたものの、ダウンクライムのボルダーセクションで落ちてしまった。このパートは感覚がなかなか掴めない。これだけ必死になってクライムダウンしなければならないというのは、とても妙な気分だ。
私は闇雲に何度もトライを重ね、2本の指から血が出るまで続けたものの、このピッチを登ることはできなかった。指の皮は完全に擦り切れていた。
Day 11:レスト
レストをする予定ではなかったが、現実に目を向けると、この2日で体は疲れ切り、指の皮は酷い有様だ。頂上を目指したい気持ちが強くても、ここは休むのが最も賢明だ。良かったことといえば、腰の調子が安定したことだ。2日間のクライミングでも悪化していなかった。
Day 12:16ピッチ目
タフな一日が待っていた。まずは朝一番で悪いニュースが入った。天気予報によると、この先3日だけ好天が続き、その後は1週間のストームが続くという。雨が降り出す前にルートを登り切らなければ、壁の上部にあるピッチは濡れて登れなくなってしまう。
途轍もない重圧が圧し掛かってきた。今回のプッシュは、望んでいたほどスムーズに運んではくれないらしい。それに加えて、この先に続く高難度のピッチはほとんどリハーサルをしていなかったので、手間取らずに登れる確証はなかった。
この日は早めにクライミングを開始した。目標は16ピッチ目と17ピッチ目を今日中に登ること。雨が降るまでの3日間で完登を目指すなら、それが必須だった。
体には力が漲っていたが、私はダウンクライムで落ち続けた。何度トライしても、本当に小さなミスひとつでバランスを崩してしまう。壁に日が当たる頃になっても、私はまだダウンクライムを越えられずにいた。
これで駄目なら日が陰るのを待とうと決めた最後のトライで、どうにかこうにかダウンクライムを下り切った。下った先には小さなレッジがあり、シューズを脱ぐことができるくらいの完全なレストポイントになっている。しかし、長居はできない。日差しはすでに強くなっている。暑くなりすぎる前にこのピッチを終わらせなければならない。
調子よく登っていき、登りの核心を越えた。しかし、最後のセクションでスリップしてしまった。
この時点で、私は厳しい決断を強いられた。雨の前にDawn Wallを登り切るには、ここで止まるわけにはいかない。そのために私は、自分の価値基準を少しだけ曲げることになった。ダウンクライムをやり直すことはせず、下にあるこのレッジからスタートし、the Loop Pitchを2ピッチに分けて(5.14aを2つの5.13dに分割して)登ることに決めた。10分間レストし、再び登り始める。数分後、次のアンカーにたどり着いた。Loop Pitchはこれで終わった!スタイルを妥協したことには煮え切らない思いがあるが、the Loop Pitchのあのレッジがそこまでの10ピッチの中で一番快適なレストだということを考えれば、筋は通っている。
17ピッチ目を登りだす前に、数時間のレストを挟んだ。これが最後の5.14aだ。この日の午後、私は体調が悪く、吐き気と頭痛がした。日射病だろうか?それともストレスか?壁が日陰になった頃、私は登り始めた。初めのボルダーをこなし、最後のセクションに入る。10手の厳しいレイバックだ。このピッチはほとんどのプロテクションがエイドギアで、登っていて恐ろしい。最初のトライで、落ちた時にギアがひとつ弾け飛んだものの、その下のバードビークで止まった。2、3、4トライ目は最後の最後、あと2手というところで落ちた。ここで日が暮れ、4本の指からは血が出ていた(他の指の状態も思わしくなかった)。この日のうちに登ることは諦め、ポータレッジに戻った私は打ちひしがれていた。全力を尽くしたが、結果には繋がらなかった。
これで、雨が降る前に登り切るのはほぼ不可能になった。そして私の心身の状態も、崩れ始めていた。
Day 13:17、18、19、20ピッチ目
天気予報が悪い方向へと変わった。残るハードな5ピッチと易しい11ピッチを登るのに残された時間は、2日と1晩のみ。不安が強まり、重圧に押しつぶされそうだ。私は間に合わなかったときのプランを練り始めていた。もし残りの時間で登れなければ、ポータレッジに籠ってストームをやり過ごし、壁の上部がどうにかして登れる状態であることを祈るしかない。しかし、それはあまりにも大きなギャンブルだ。18ピッチ目(5.13c/d):レッドポイント!素早く、少ないダメージで抜けた。
19ピッチ目(5.13b):短時間ムーヴをチェックした後、レッドポイント。
ここで夜になった。しかし私のモチベーションは最高潮だった。このまま20ピッチ目(5.13c/d)を登ることができれば、時間内の完登へ大きく近づく。1トライ目、核心の繊細なバランスムーヴで落ちた。ここは目に見えないほど小さなアンダーホールドがあり、親指のプッシュがどうにか効く。2回目のトライで力を振り絞り、レッドポイント!キャンプへと戻る私は、希望に満ちていた。すべてが終わったわけではないけれど、可能性は間違いなくある。残るは、とてもタフなピッチがひとつ(21ピッチ目、5.13d)と、比較的易しいピッチが11(5.11+~5.13a)だ。
Day and Night 14:21ピッチ目→32ピッチ目
私はこの数日間、ストレスと興奮からあまり眠れていなかった。そしてこの夜も例外ではなかった。運命の1日がやってきた。1月30日、頂上へ向けて最後の戦いに挑む。次の朝には雨が降るという予報だった。キャンプを畳み、持って上がるバッグの他にポータレッジとフライも用意した。何かあった時に数日間の雨をやり過ごせるように、だ。
まずは早朝に、21ピッチ目でウォーミングアップをした。壁が陰になってすぐ、繋げてトライ。ものすごく緊張していたが、私の意志は固かった。調子よく正確な登りで、ゆっくりと時間を使った。ピッチ終盤の核心で、クリンプを強すぎるくらいに握り込んだ。指先が引き裂けそうに感じたくらいだった。最後のフィンガーロックを叩き込み、喜びの雄叫び上げながらレッジにマントルを返した!これで、Dawn Wallのハードなピッチはすべて終わった。信じられないくらいの喜びと誇らしさが湧いてきた。
しかし残念なことに、それを祝っている時間はなかった。時刻は午後5時。夜が明けるまでに、冒険的で決して簡単ではない11ピッチを登らなければならない。22ピッチ目は長く被ったフィンガークラックで、最後のパートで落ちたためもう一度登ることになった。このピッチで私は力を出し切ってしまった。続く数ピッチはあえてゆっくりと登り、回復に努めた。ここは2年前にSiebe Vanheeと一度登ったことがあるだけだったので、夜の闇の中でルート取りを探っていくのは骨が折れた。そして何か所か、リスクが高く恐ろしいセクションもあった。プロテクションが取れないセクションやオフウィズス、軽い音のするフレークを掴んでの長いトラバース、脆いホールド、ぐらつくピトン、そして荷上げでスタックするホールバッグ…。思いもよらなかった冒険が続いていった。
私はひどく気分が悪くなってきた。物を食べると吐きそうになり、体は芯まで疲れ果てていた。どのピッチも必死のクライミングになり、体のあちこちが擦りむけた。Solineはとても親身に私を助けてくれて、頼もしかった。恐ろしいトラバースでも難なくフォローし、そしてビレイ点に着くたびに私を励まして背中を押してくれた。これ以上ない、大きな支えだった。
だからこそ私はDawn Wallを、この問題提起のために活かしたい。
沈黙は共謀に等しい。抗うことこそが私たちの使命だ。
暗い未来を予感させる出来事が、ベルギー、フランス、ひいてはヨーロッパ全域、そしてアメリカで今まさに起きている。いずれ誰もがその結果に直面することになるはずで、それはクライミングというある種特別な世界に居ても変わらないだろう。ファシズムは、憎しみに満ちたレトリックだけではなく、警察による暴力や人種差別、そして女性や性的マイノリティの権利の侵害という形でも、私たちの前に現れてくる。ファシズムに抵抗することは、あらゆる抑圧に抗うことだ。皆で議論し、団結し、抗議し、抵抗しよう。
このファシズムの台頭に苦しんでいる、あるいは将来苦しむことになるすべての人のことを私は想い、そして彼らの味方になりたいと思う。
まず誰よりもSoline Kentzelに。生活、クライミング、そして心のサポートを、壁の中での日々と普段の暮らしのすべてにおいてしてくれた。気が遠くなるほど長時間のビレイ、昼も夜も寒さの中でハーネスにぶら下がって耐えてくれたことに、感謝しているよ。
Conner Hersonに。セッションした時間、心地いい雰囲気、そしてモチベーションを分かち合ったこのシーズンをありがとう!
Siebe Vaheeに。2年前、一緒に登った時のことすべてに感謝!
Victoria Kohner-Flanagan、Alex Eggermont、そしてChris Nathalieに。大切な瞬間をカメラに収めてくれたこと、そして壁の中で共に過ごした素晴らしい時間に、感謝。
Tommy Caldwellに。貴方がこのルートに捧げたものの大きさを思うと、感謝と畏敬の念でいっぱいになる。ルートの質の高さ、スタイル、形状やホールドひとつひとつに向けられた眼差し。数えきれないほどの時間をあの壁で費やし、再登しなければ、その努力の凄まじさは到底理解できなかった。この先、Dawn Wallに並ぶだけの高い質と難しさを兼ね備えたルートが初登されるには、長い時間がかかるだろうと思う。
ヨセミテのローカルたちに。協力、応援、手厚いもてなし、貸してもらったギア、サポート、ビレイ、そしてそこに漂う素晴らしい空気に感謝。Erik Sloan、Rachel Jacobs、Ryan Sheridan、Camilla Satte、Yolan Paco、Lance…。
今シーズンヨセミテで会ったクライマーたちに。Laura、Olivier、Ophélie、Jacob、Brownwyn、Kara、Brent…。
Dörte Pietronに。クライミングシューズの開発とテストに感謝。
Daniel Gebelに。ギアと技術的なアドバイス、そしてサポートをありがとう!
Edelridチームに。いつも最高のバイブスをありがとう!
Chris Edmans(Resole
Gripworks)に。素晴らしいリソールと職人技に感謝!
我らがキャプテンCédric Girardiに。船旅をありがとう。
Guillaume Lion、Mathieu
Miquel、Aidan Roberts、そしてDream
Boraのチームに!
いつも変わらず支えてくれる両親に。
The Cap Sur El Capチーム、そして励まし、アドバイス、そしてサポートのメッセージを送ってくれた世界中の友人たちに。
そしてスポンサーであるEdelrid、Le
Campe de Base、Scarpaに。
暗い未来を予感させる出来事が、ベルギー、フランス、ひいてはヨーロッパ全域、そしてアメリカで今まさに起きている。いずれ誰もがその結果に直面することになるはずで、それはクライミングというある種特別な世界に居ても変わらないだろう。ファシズムは、憎しみに満ちたレトリックだけではなく、警察による暴力や人種差別、そして女性や性的マイノリティの権利の侵害という形でも、私たちの前に現れてくる。ファシズムに抵抗することは、あらゆる抑圧に抗うことだ。皆で議論し、団結し、抗議し、抵抗しよう。
このファシズムの台頭に苦しんでいる、あるいは将来苦しむことになるすべての人のことを私は想い、そして彼らの味方になりたいと思う。
Thank you!
Dawn Wallのような大きなプロジェクトに、一人で立ち向かうことは絶対にできない。たくさんの人の支えがあってのことだった。それに、本当に素晴らしい友人たちがこの冒険に立ち合って力を貸してくれた。私は本当に幸運だったと思う。fin
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