2023年5月15日月曜日

転がる石には

5月6日、あさこさんと小川山に出かけた。
連休中だというのに、駐車場はガラガラ。予報が悪かったからかな。
空はまだ晴れているけれど、雨が近づいてきているのは事実で、空気が幾分湿って重たく感じた。

分岐岩でエッジの常連様方に出くわしたりして歩いていくと、この日の目当てのルートは日陰にひっそりとあった。
当然というべきか、誰もいなかった。
ローリングストーン(5.12d)は、駐車場から20分程度の場所にあるのに、どうもこの辺りに来て人に会った覚えがない。
と言っても、前回ここに来たのはもう10年以上前なのだけれど。

当時、サル左衛門がこのクラックをトライしていたことがあり、僕も一緒に来て近くのルートを数本登った...というところまでは覚えている。
ブリザード(5.12a)は登れて、睦月誕生(5.12b)は登れなかったとか、そういうことも覚えている。
が、肝心のローリングストーンのことは何故だか全く覚えていない。
サル左衛門の真似をしてトップロープで触ったことが、あったか、なかったか。
内容はおろかトライの有無すら思い出せないので、今回は一応、オンサイトのつもりでトライすることにした。

右奥にあるももちゃん(5.10c)とブリザードを登ってアップ。
前に登った時、ブリザードは11dがついていたと思うけれど、今のトポでは12aになっている。概ね同意。
指が温まり、腕もそこそこ張ったので、アップを切り上げて本番のローリングストーン。
いつでも濡れていると思っていた出だしのパートが、この日は乾いていた。
何度見ても、足がスタートの水平クラックから離れたらプロテクションはセットできそうにないし、ナッツを固め取りして突っ込むしかなさそうに見える。
散々眺めまわして緊張を誤魔化そうとしても、あまり意味がなかったので、思い切ってトライした。
水平クラックに立つまでで出来るだけカムやナッツを固めて、核心前最後のナッツをもう一つセットしようと、頭上をカリカリ探った。
と、細かいエッジを踏んでいた足がすっぽ抜けて、呆気なく落ちてしまった。あちゃー。
ぶら下がって見上げると、そこまで決めたプロテクションの間隔の近いこと近いこと。
オンサイトを失敗するときは、思いきれなくてだいたいこんな感じだ。

テンションをかけながらムーヴを作り、上まで抜けた。
思っていたよりも、個々のムーヴは難しくない。
ボルダーライクだと聞いていたけれど、これはこれで結構ストレ二系のルートなのかもしれない。
前半の手数のある核心をこなして、中間にレストを挟んで、後半にも短い核心がもうひとつある。
それぞれのパートはたしかにボルダーだけれど、繋げる難しさが十分にあるように感じた。

あさこさんのトライのビレイをして、レストの後、2回目。
1回目のトライで使うカムも絞り込めたので、腰回りがかなり軽くなった。
ナッツを固めて水平クラックから離れ、核心のレイバックに入っていく。
絶妙な配置のフットホールドを拾って、クラックの縁をぐいぐい引いていくと、核心の真ん中で少し足運びを間違えた。
「あ、ヤバい」と過ぎる。急ぎつつ慎重に微妙な結晶を踏んで、もとのシークエンスに軌道修正した。
ここで一瞬流れが止まってしまったせいで、核心の最後の一手で落ちそうだった。
なんとか堪えて、クラックが一瞬開いたところでレスト。
後半も若干ムーヴを変更しつつ、最後の核心をまた危なっかしくこなして、易しくなる最上部までやっと走り切った。


自分が生まれるよりもずっと前に、この場所で初登を争った人たちのことを、僕は一方的に知っている。
感覚としては、教科書に載っている近代の偉人を見るときのそれに近い。
残念だけれど、どの人とも特に面識はない。
ただ、その人たちの登ったルートの数々がこの地に残り、礎となって、今の僕はその上に立っている。
「日本のクライミングの歴史」というのが大袈裟すぎるのであれば、「この土地の歴史」としてもいい。
どのような尺度で語るのであれ、場所があれば時間があり、その流れの中に在った人たちによって歴史が生まれる。
その歴史の上で大きな意味を持ったであろうルートを、またひとつ登ることができた。
そうしたルートを登るたびに、感じることは毎回よく似ている。
「こういうルートが登れるようになったんだなあ」と安堵すると同時に、「そのもうひとつ先で、自分は何ができるだろう」と考える。
これがあるから、ハードクラシックは良い。

予想どおりローリングストーンは貸し切りだったけれど、ルートにはチョーク跡があった。
このルートに苔が生えることはまだ当分ない、ということだろう。

2023年5月10日水曜日

Sky Rocket

今年のGWは、事前の予報が「あららら」だったところが良い方に覆り、思ったよりも好天に恵まれましたね。

先月の半ば頃から、ゲートが開く前の瑞牆に通い始めた。
やりたいことは既にあれこれあるのだけれど、それらは一度置いておき、4月某日ハカセの誘いでついにダイダラボッチへ行った。
登りに行ったのは無論、Sky Rocket(5.13c 4P)。
数年前からじわじわと人気が増してきているらしいこのルート、実はこの日が初めてだった。
ハカセは既に通ってしばらく経つので、この日は初めからリードさせてもらった。
1P目のハンドクラック(5.10c)と2P目のワイド(5.10d)は問題なくOS。
で、3P目(5.13c)も気合を入れてトライしたものの、流石に核心のボルダーセクションでなすすべなく落ちた。
ムーヴはその後数回で解決できたけれど、結局その日は3トライして核心が繋がらなかった。

数日後、いましさんから「連休にSky Rocket合宿しようゼ」という嬉しいお誘いをいただいた。
が、ハカセと登った翌日にボルダーの着地で足を捻挫してしまい先行きが怪しくなる。
1週間は強制レスト、続く週も控えめに登っただけ。捻挫した足首の治りもなかなか時間がかかった。
それでもなんとか連休の初めまでには元通りトレーニングができるように回復。やれやれ。

4/29、いましさんと6:30集合でダイダラボッチへ。
1P目を僕、2P目をいましさんがリードし、日が当たり始める前に3P目のトライを開始。
後からハカセとソロイスト先輩が来て、この日はテラスが大混雑だった。
1回目のトライは核心のデッドの飛び出しで蹴り足が抜け、手が完全に空を切って落ちた。
いくら微妙なフットホールドでも、ムーヴを起こすためには欠かせないのであって、きちんと整えてから動かなければいけないと反省。
3人分のトライが終わってからの2回目、その反省を生かして丁寧に置いた足で蹴ったら、核心のデッドが初めて止まった。
続く数手を4割程度のパンプを感じながら慎重にこなして、あとは11-程度のフェースを長いレストを挟みつつなんとか逃げ切った。
瑞牆本でクロヒゲさんが書いていた『地上にあったら大人気になるだろう』という話は、誇張ではなかった。
瑞牆で登ったボルトルートの5.13では、ナンバーワンと言っていいと思う。

この日はいましさんがもう1トライしてから二人で上へ抜け、4P目(5.12b)にもトライした。
2本目のボルトを越えたところでカンテを越えてスラブに入ってしまうので、ビレイ点からはさっぱり見えない。
実際に登っていくと、想像したよりもかなり傾斜に変化のあるスラブが続いていた。
もうしばらく人が踏み入っていないらしく、結構チャリチャリしたけれど、核心まではスムーズに登れた。で、核心であっけなく落とされた。
やはりというか、前情報がほぼないこのグレードのスラブをOSするのは相当難しい。
数回のテンションでムーヴを解決して抜け、いましさんが交代でトライして、この日は時間切れ。
ちなみにこのピッチ、ラインが見た目以上に蛇行しているため、回収は多少面倒でもラペルでするのが無難。
ロワーダウンの場合は、中間のヌンチャクをすべて外してから出ないとロープが抜けなくなるので、トライされる方はご注意を。

いつもよりもかなり倦怠感のある中2日の仕事を終えて、5月4日にまたいましさんとダイダラボッチへ。
この日は、前回残した4P目を登って...とはいかない。
いつだったか、いましさんに「WADEくんはワンプッシュで登るよね」と言われてから、
そういえばマルチピッチはシングルピッチのルートと『完登』の示すところが異なるよな、と考えていた。
何をいまさら、というところかもしれないが、今回はこれにこだわることにした。

1P目と2P目はハカセと来た初日と同じく、特に問題なく登った。
3P目下の快適なテラスに上がった時には、壁はまだ日陰だった。一息ついて準備していると、斜め上からどんどんと日が差し込んできた。

3P目について少し詳しく書いておくと、
アプローチの5.12a→5手の二段(2手の初段+3手の2級)→パンプする5.11b というところだ。
言わずもがな、瑞牆本の写真で初登者の福田さんがとんでもない浮遊感で止めているあの1手が、圧倒的に遠く悪い。

1回目のトライ。できればこれでスッパリと決めてしまいたかった。
核心手前までは早くも自動化できてきたのか、ほとんどパンプせずに抜けられた。
少しレストして呼吸が整ったら、いざ核心。
左手の結晶を慎重に持って強引に飛び出すときに、極小エッジを踏んでいる右足がすっぽ抜けた。手は出たものの全く届かず、落ちた。
前回の1トライ目もこんな落ち方をした気がする。反省。

いましさんが1回トライしている間に、壁は完全に日向になってしまった。
岩はまだ辛うじてひんやりしているけれど、もう長くはもたないだろう。
核心の左手は、岩が温まったら途端に持てなくなる。ワンプッシュで登ると意気込んで来たからには、次で登るしかない。
一気に状況がシリアスになってきた。
とはいえ、心中は意外に静かで、「気負っても仕方ないか」くらいで構えて2回目。

核心手前までは、またほとんどノーダメージで抜けた。
呼吸を整えて核心に入る。左手の結晶は、捕らえたのか外したのか毎回よく分からなくなる。
どちらにしても長くは居られない。右足が抜けないことを瞬間的に祈って飛び出した。
左手があまり引けなかったのか、体がかなり吐き出されて、右手は指2本でギリギリ引っかかった。
RPした前回よりも、かなり危なっかしく止まった。でも、これを逃すわけにはいかなかった。
叫びに叫び、右手を持ち直して続く3手を慎重にこなして、やっとガバを掴んだ。
あとは注意深く、とにかくミスをしないように時間をかけて5.11bを登り切った。
緊張から解放されました

これで一気にワンプッシュが近づいた。4P目は前回1度しかトライしていなかったけれど、気持ちはものすごく楽だった。
前回トライしてから翌日に雨が降ってしまったので、チョーク跡は残っていない。
でも、ここまで上がってくると風が強く当たっているので、日向でも状態はかなり良かった。
時間もたっぷりあるし、これなら大丈夫そうだ。
気負いが全くないのが良かったのか、ヌンチャクをかけながらの1回目でそのまま登れてしまった。
追い込まれかけた3P目の直後でなんだか呆気ない気もするが、まあそういうものなのだろう。
そしてこの顔である

残る半日は当然、すべていましさんに付き合った。
いましさんは4P目を登り、夕方の日差しが弱くなる時間帯を待って3P目で怒涛の追い込みをかけていた。


長くなったけれど、このルートではいろいろと学ばせてもらった。
3P目の5.13cの印象がどうしたって強いけれど、今回の経験には単なるグレードを追うだけでは得られないものが詰まっていたと思う。
マルチピッチを登るとき、何をもって「登った」と言うかは様々だ。
各ピッチのRPでよしとすることもあるし、チームフリーで満足できることもあるだろう。
それぞれに尊さがあるわけだが、今回はこのルートのワンプッシュに挑んでみて正解だった。
それはいましさんの言葉に発破をかけられたからでもあるし、初登の福田さんのスタイルに触発されたからでもある。
結果として分かったのは、「核心のピッチが登れても、ワンプッシュで登れるとは限らない」というプレッシャーが、そのクライミングをより面白くしてくれる、ということだ。
あのテラスで日が当たってきた3P目を見上げ、次のトライで登れるのか、と眉間に皺を寄せた瞬間に感じた不安に似た感情。
これからの自分は、それを乗り越えていくことこそを大事にしたいと、強く思う。

ところで、ワンプッシュの日はこのシューズで全ピッチを登った。
前から期待していたけれど、思っていた以上だった。
長らく続いたTCPro一強の時代が、ついに終わるのかもしれない。