2025年3月12日水曜日

野猿谷での冬 ②

 3月2日(日)

ストーンモンキー(四段)を目的に野猿谷。この日は春の陽気だった。
示し合わせたわけでもないのに、ノミーにマウントピア黒平でばったり会った。
一緒に10のエリアの課題を見に行ったりしてから、橋周辺でアップ。
くるみSD(初段)のスタートホールドがよく分からず、とりあえず右手カンテ、左手フェースのカチで離陸して登ってみた。
後でトポを見たら、どうもスタートホールドは違っていたらしい。下地が変化したとか?

それから掃除とホールドのチョークアップをして、ストーンモンキー。
日記を見返すと、前にトライしたのは23年の年末だった。
ムーヴは覚えていたので、数回のトライでリップまでは行けるようになった。
むしろ中間までの感触は前よりも良くなったのだけれど、結局はマントルが厳しい。
あれこれ試行錯誤するフリをして、踏ん切りがつかず飛び降りる、というのを繰り返した。
リップにヒールを上げてはみたものの、そこから乗り込んでいくイメージが湧かない。
リップがあまりにもダレていてビビっている。
写真を撮ってくれたノミーに「全然マントルしないじゃないっすか」と茶々を入れられた(気がする)けれど、
結局この日はリップまでのムーヴが固まった以外に収穫はなかった。
マントルをしている風

流石にちょっと暖かすぎたので、ストーンモンキーを諦めてキュリアスジョージ(三段)。
シーズン初めに見に行ったときは、上に木が倒れ掛かっていてトライできなかった。
この日はノコギリを持ってきたので、倒れた木やら絡まるツタやらをせっせと切って退ける。
しばらく働いて、トライできるようになった。
ここでもカチトレの成果か、前は浮くのがやっとだった離陸が少しだけ楽になっていた。
が、当然離陸は序の口でそこからが問題。
時間をかけてあれこれ試し、どうやらそれらしいムーヴを発見。
が、スラブに上がったところから動けず。

上の方へ移動しつつ、ノミーがやっていたアイスエイジ(初段)に寄り道。
これは2トライで登れた。良い課題。
アイスエイジ

最後に、宿題になっている包囲された城(二段)。
前回バラしたムーヴを少し練習して、繋げてみたものの、核心のデッドが止められず。
つくづく、両手アンダーからの遠い一手というのが苦手だ。
足の微妙さもあって、繋げると良いポジションまで入れない。
苦手な自覚があるだけに、これはどうにか登っておきたいところ。

3月9日(日)

前日雪が降ったので遅めに出発。が、着いてみると、そんな必要はなかったと思うくらいに乾いていた。
ストーンモンキーが最優先だったけれど、下地に湿気が籠っていそうだったので、07のエリアへ。
トライした話すら聞かないイルミネーション・ゴースト(四段)にロープを張って掃除してみた。
これはこれでかっこいいのだけれど、間近で見てもあまり可能性を感じないスラブで、トライはせず。
少し下ってリフトバレー(1級)を登り、すぐ下のライトピラー(二段)もやってみた。
これもかなり苔むしてきているが、これが結構面白く、30分くらいで登れた。幸先が良いぞ。
ライトピラー

それから橋に戻り、ストーンモンキー。
数回でリップまで行き、ヒールを上げて、4割くらい腹を括って乗り込んでみると、見事に抜けた。
足から落ちられたので無事だったけれど、若干背中落ちになってまたビビる。
やっぱりあのヒールは抜けるのか。少し嫌なイメージがついてしまった。
しかしやっているうちに、リップのホールドが胸の前まで引きつけられることが分かった。
それから改めてヒールを上げてマントルに入ってみると、いくらか腰が入る感触があった。
両手を胸より下へ引き下ろせそうなところまで上がって、怖さが勝ったので一度飛び降りた。
返せはしなかったものの、これでマントルの感触は掴めた。
しばらくレストを挟み、次のトライで再びリップへ。
今度はしっかり腹を括り、ヒールを上げてマントル。両手を引きつけたところからゆっくり粘って這い上がった。
リップのホールドをプッシュに変えられたら、後は必死で足を上げて、スラブを駆け上がった。
登った瞬間は「嬉しい」よりも「びっくりした」の方が強かった。
手の掛かりの良さで足の悪さを誤魔化す類のマントルもある、ということを学んだ。
先シーズン、初めてリップを取ったトライで「こんなもんできるかー」と諦めて飛び降りて以来、
この日までずっと返せるイメージが湧かなかったマントルだった。
仮にこれが地面から届く位置にあれば、初段もないのだろうと思う。
が、これが高いところにあるのだから難しいわけで、ロープにぶら下がって練習することも何度か考えた。
が、先日トニーさんに「課題への思い入れがなくなったら、ぶら下がったらいいんじゃない」と言われ、我に返った。
僕はマットを何枚も敷いて登ったので、マットなしで初登した室井さんには遠く及ばないが、
それでもこの課題でのことは大事な経験だったと思っている。

その後少しレストして、キュリアスジョージもやった。
前回よりもヨレていないおかげか、左手のカチはしっかりと引けた。
指皮が多少柔くなっているのか、トライするごとにゴリゴリ減っていった。
ただ、前回でムーヴの目処が立ったことが大きく、数回のトライでスラブにへばりついて足を上げ、ふらつきながら登った。
これも猿の手と同じく、シューズ選びが重要な課題だった。
キュリアスジョージ

登ったトライで左の人差し指が裂けて流血したので、早めに終了した。

保持力トレーニングが奏功したのか、それとも状態の良い日を捕らえられただけなのか。
何が要因かはよく分からないが、とにかく今シーズンはいい具合に宿題を回収できている。
春の気配がいよいよはっきりしてきたが、もう一押し、欲張りたい。

2025年3月11日火曜日

野猿谷での冬 ①

この冬も、気づけば野猿谷通いが続いている。
昨年の年の瀬に一度行って、年末年始で間が空き、先月からはいきなり毎週末になった。
今シーズンは成果も出ているので、春の気配がしてきたこの辺でまとめておく。

12月21日(土)

秋に痛めた肩の調子が良くなってきたので、久しぶりにボルダーにシフト。
一度寒波が来た後で気温が上がったのと、当日の小雨交じりのコンディションとで、登りはイマイチだった。
いくつか気になる課題がある01のエリアに行ってみた。
と、その気になる課題のいくつかは既に自然に還っていた。回転寿司の緑茶の粉をまぶしたみたいになっている。
ワイヤーブラシを持ってこなかったので、ひとまず登られていそうな課題を回ることにした。
軽くアップしてからやったロディ(初段)で少しハマったものの、数回で登り、
続いてやったモンキーシャイン(初段)も数回で登った。
この日の本題のひとつだったモンキーシャインSD(三段)は全くできず。
フリクションがないスローパーと、2本指のカチがまるで持てていない。
次にやってみた青行燈(初段)は、同じように保持負け気味だったので、リーチでねじ伏せて登った。
青行燈

02のエリアに移動。トライしている人を見たことがないCross Love(二段)をやってみる。
ホールドが埃っぽいが、磨けば何とかなる程度だった。
1トライ目でバルジを抱えた状態から派手に落ち、「あいたたた」と起き上がると、左の腹に冷たい感触が。
驚いてTシャツをまくり上げると、左胸にあるホクロが半分もげて大出血していた。
ホクロって取れるのか。
とはいえ長年連れ添ってきた相棒を千切り取るのは忍びないので、そっと圧迫して止血。
Cross Loveはその後2、3トライで登れた。かなり易しく感じたけれど、良い課題。
Cross Love

それから04のエリアに移動して因縁の猿芝居(初段)をやったものの、まるで進展なし。
百匹目の猿(1級)とかジャンプ51(1級)を登ってお茶を濁し、
最後にやった06エリアの盃(初段)でマット外に落ちて怖気づき、撤退。
もう少しでいいから、コンディションも高さもねじ伏せられる強さが欲しい。

この日の反省から、この冬は保持力トレーニングを見直すことに決めた。


2月15日(土)

ノミーと誘い合わせて野猿谷。結構間が空いてしまった。
猿芝居にやられすぎてしばらく放置しているストーンモンキー(四段)をやりたかったが、
久しぶりに覗いてみるとリップ上が自然に還りかけている。
ということで、しばらくロープを張って掃除。苔の下の部分が凍り付いていた。
苔は落としたものの、全体的にしっとりしているので、この日はトライせず。

最近やっと4mmのエッジで1秒くらい浮けるようになり、ノミーに「だったら猿の手やったらいいですよ」と勧められたので、やってみる。
05のエリアの易しい課題でアップ。やったことのなかった一つ目小僧(1級)と、室井さんの新作らしい邪眼(初段)も登った。
それから本題の猿の手(三段)。
ここを通りかかるたびにトライしていたものの、以前はまるで離陸できなかった。
今年は、カチトレと寒波のおかげか、ムーヴができるようになっていた。
スタートは相変わらず「これかよ...」というエッジだが、なんとかなるもんだ。
1手目が一番悪く、そこを止めた状態からはなんとなくスラブに這い上がれることだけ確認して、あとは繋げ。
昼を挟んでトライしたものの、なかなか1手目が止まらず。
ふと「これは足がしっかり踏めていないのでは?」と硬いエッジングシューズに変えてみたら、これが当たり。
が、1手目が止まってスラブに這い上がったのに、上部でスリップ落ち。
このトライで重要な右の人差し指を裂いてしまい、この日は敗退。

ノミーはkazahanaの小さいマットだけで独舞台(初段)を登ってハートの強さをアピールしていた。
ハートは強いのに、その後アプローチの川で滑って服を濡らすという茶目っ気も忘れない。
この男、できる男である。
ダウンすら濡らしたできる男

その後は04のエリア51(二段)をやってみた。これも登ったという話をまるで聞かない。
かなり頑張ってリップは止まるようになったが、これがマッチできずに終わった。
テープを巻いて登れるほど易しくない模様。
これはまだ離陸したばかり


2月22日(土)

空を覆う雪雲に怯えつつ、野猿谷。ノミーと、サンチェ親方も来ていた。
この年代としてはそれこそ世界一元気なのではないか、というくらいに元気。流石は親方。
この日は初めから猿の手を登るつもりだったので、アップしてすぐにトライ。
指皮が育って硬くなっているので、ホールドの痛みやヌメりには強いけれど、
保持感が馴染んでくるのには結構時間がかかった。
「あれー、できない」とか言いつつニギニギしているうちに、腰が入って1手目が止まり、上部へ。
前回足が抜けて落ちた最後の一歩も慎重に乗り込んで、無事に登れた。


この課題では、4mmのエッジにぶら下がる力はやはり武器になる、ということと、
フットホールドの形状やムーヴでシューズ選びを見直すべき、ということが分かった。
僕のように重量級のクライマーは、特にその辺を考えた方がいいのかもしれない。
一先ず、宿題が片付いて安心。
ノミーと親方はこけ猿の壺(三段)をやっていた。
雪が舞っているというのに、脱ぐ

その後は下に下って、一人で猿芝居をやってみたものの、やっぱり登れず。
年末にノミーがついにこの課題を登り、野猿谷謎課題被害者の会(仮)の暫定トップに躍り出た。
そのノミーにムーヴを聞いて試しても、まるでできなかった。うーん、悲しい。
最後に06エリアの空者(二段)を掃除してやってみたけれど、これも「???」だった。

2月23日(日)

野猿谷で連登。この日は一人だった。
前日の雪は積もらなかったらしく、朝からいい天気で状態も良かった。

この日は09のエリアで登った。
室井さんが最近(?)追加したらしい深宇宙(二段)をやり、周りにある登っていない初~二段を回収して回るつもりだった。
が、まずアップでやったボイジャー(2級)で猫パン。流血して、爪も数か所割れた。
いきなり先行きが怪しくなる。敗退の二文字がよぎったけれど、ボイジャーはなんとか登った。
次に隣のペイルブルードット(初段)。高いスラブで緊張する。
これは3トライで危なっかしく登った。独特の粒々に立ちこんでいく後半の核心は痺れた。
ペイルブルードット

続いて深宇宙。ホールドに蜘蛛の巣が張っていたので、しばらくトライされていないらしい。
そもそもアプローチが一番遠いところにあるし、無理もないか。
薄被りの豪快なレイバックから、いかにも丸っこいリップへ出ていくラインで、そこそこ高い。
見た目にもそそられるので結構頑張ったが、リップ周辺が解決できず。
ああいうスローパーはどうしたら持てるのだろうか。

少し下って、1年前くらいに敗退したモンキーウエディング(初段)。
これは微妙なカチを本気で保持してギリギリ登った。それこそ猿の手並みに握った。
モンキーウエディング

少し下の青銅の蛇(初段)に、お金を食う怪獣、もといK原さんがいたので、一緒にやってみる。
これはこれで指に結晶を突き刺して持つ類の課題で、トライの度に悶絶。
みるみる右人差し指に穴が開いてきたので、ほどほどでやめておいた。
そして結局、次にトライした包囲された城(二段)でここに完全に穴が開いて流血。
包囲された城はムーヴをバラしただけで敗退。

指から血が出たまま、最後にエリアの隅にあるサイケデリック(初段)へ。
2日目の最後でいい加減ヨレてきたのか、サイケデリックは保持系でもないのにしばらくハマった。
前傾カンテをガシガシ登るのかと思いきや、核心はなかなかに繊細だった。
ついでに同じ岩の平行世界(初段)も登っておいた。
こちらはスタートからほぼ垂直跳びのランジで、身長で得をした気がする。

こういう、グレードを下げて数を登る日も楽しいのだけれど、それならもう何段かきちんと稼ぎたいなと思う。

2025年3月9日日曜日

アリとナシ、是と非

Dawn Wallのレポートを訳したりしている間に2月が終わってしまった。
自分のクライミングはできているので、少しずつ書いていこうと思う。

この一か月で、2本のルートを初登した。
どちらも地元の非公開エリアで、大ザルが数年前から足繫く通っている岩場だ。
その初登と前後し重なる形で、いろいろと考えたことを書いておきたい。



「必要」という言葉は、扱いが難しい言葉だ。
重要なようで、正しいようで、だからこその危うさも秘めていると、僕は思っている。

しばらく前に、とある岩場(岩場A)でこんな話を聞いた。
「あの5.11の周りにアップできるルートが必要だと思ったから、新しく5.10くらいのルートを作った」
その5.11は僕も前に登ったことがあったので、この話には少し驚いた。
というのは、5.11の取り付きから50メートルも歩けば、易しいルートが既に沢山あったからだ。
新しくできたその5.10を僕は登っていないし、もしかすると登れば面白いルートなのかもしれない。
しかし、僕はこの「必要だと思ったから」という話に違和感を覚えた。
この岩場はホールドが割と豊富な岩質なので、掃除してボルトを打てば、まだいくらでもルートを作ることはできる。
ただし「いくらでも」というのは、あくまで物理的な話だ。
以来、「必要」という言葉が、僕の中でずっと引っかかっている。

また2月のある日、別のとある岩場(岩場B)に出かけた。
特に目標は決めず、トポを見ながら5.11~5.12のルートをあれこれとオンサイトトライした。
その中でトライした5.12後半で、核心のムーヴを読み間違えてフォール。
「あー、これは後でもう一回だな」と思いながらムーヴをバラして抜けていくと、
終了点直下のホールドを持った時に、指先に妙な感触があった。
明らかに岩ではない何かに触っている。かといって、シッカーでもない。
ムニュッと柔らかいその感触に何かと思って覗き込むと、
フレーク状のホールドにコーキング材のようなものが塗られているのだと分かった。
このルートは過去にもキーホールドが欠けたことがあるらしく、
問題のフレークもそのうち剥がれてしまいそうな見た目をしていた。
ホールドが無くなることを危惧した誰かが、補強のためにと塗ったのかもしれない。
もしそうだとすれば、その心情自体は理解できる。
しかし明らかに樹脂を触っているその手触りの違和感と共に、僕がそのルートにトライする意欲は完全に消えてしまった。
そこにあるのがルートではなく、工業製品のように見えてしまったのだ。
ヌンチャクを回収し、ロープを引き抜き、僕は岩場を後にした。
今後僕があのルートをトライすることは、もうないだろう。



話は戻って2月某日、大ザルの非公開エリアへ登りに出かけた。

ここは1年前の春に一度だけ来て、目を付けたラインを1本だけ掃除したきりだった。
とにかくこの岩場は掃除が大変だ。
苔はもちろんのこと、クラックにもホールドにも土や埃が詰まっていることが多いし、
壁の上の方にはブッシュだけでなく巨大なイワヒバの塊がくっついていたりする。
しかし一方で、ところによっては明確な節理があり、プロテクションは十分に取ることができる。
その節理を上手く辿れば、グラウンドアップで登れるのではないか、という考えがあった。

この日、僕はそのアイディアを実行に移そうと、グラウンドアップで登れそうなラインを探して回った。
そして、岩場の入り口からほど近い場所にある前傾コーナーを登ってみることに決めた。
クラックは地面から壁の上まで伸び、ブッシュに吞まれるように消えている。
上部はイワヒバと苔に覆われているように見えたけれど、多分なんとかなるだろう。
地面から見える範囲で1時間以上眺めまわし、意を決してトライすることにした。

出だしからクラック内の埃が酷く、どれだけチョークアップしても嫌なヌメり方をする。
フットホールドが沢山あって助かるが、傾斜は見た目よりも強く感じた。
気づけばコーナーの奥に体を突っ込んでチムニーのように登っていた。
下り気味にトラバースしたり、ロープドラッグをなくすためにランナーを長くしたりと、
なんだか城ケ崎で登っているような気分になった。
核心と思しきパートで怖さから声が漏れたものの、ホールドの埃を払っては掴み、払っては掴みを繰り返して、ルーフを越えた。
最後はイワヒバの塊にマントルを返し、ブッシュを掴んで壁の上まで抜けた。
思っていたよりも易しかったが、グラウンドアップの初登はやっぱり怖さが違う。

年末年始に登った大堂海岸のような、海岸線の硬い花崗岩ではなく、
苔も土も埃も木もある汚い山の岩でグラウンドアップの初登ができるのか。
その可能性を確認できたことが、最大の収穫だった。
もちろんそうするには岩の節理ありきなので、その分対象はかなり絞られるが、確実に存在するということが分かった。


3月の初め、再び大ザルの非公開エリアへ。
何をやるか迷ったが、1年前に掃除したきり登っていないフェースのラインをやってみることにした。
荒々しく掃除する大ザル

大ザルが掃除中のラインと格闘して埃まみれになっている間に、
こちらは改めて自分のラインの様子をラペルで確認する。
1年経ってまた汚れてしまったかなと思ったが、意外に綺麗なままだった。
ホールドに溜まった埃を軽く掃除して、プロテクションを再確認し、必要なギアを把握。
ムーヴは特に練習しなかった。ホールドを掃除しただけで十分だと判断した。
大ザルの手が空いたところで、リードでトライ。
下部からプロテクションが細かい上に、浅い水平クラックに捻じ込んでいるので、結構心許ない。
アップもラジオ体操とハングボード以外はしていないので、どんどんパンプしてきた。
長居は無用、と思い切って核心に入っていき、落ち着いてムーヴをこなして、薄被りのフェースを抜けた。
春の訪れを感じさせる暖かい日差しを浴びながら、壁の上の木で支点を取って終わりにした。

ギアを回収して取りつきに戻ると、「呆気なく登ったな」と大ザル。
なんだか以前どこかのルートでもそう言われた気がする。


前傾コーナーは、判官贔屓(はんがんびいき)5.10c、
フェースは、豊穣 5.11a PD とした。

今回の2本のルートはどちらもボルトを打たず、オールナチュラルで登った。
それはこの岩場の開拓方針に沿ってのことなのだが、単純に僕がそういう登り方が好きだというのもある。
しかし、2本のルートでは登り方が明確に異なるものになった。
判官贔屓はラペルでの掃除やプロテクションの確認をまったくせず、グラウンドアップで登った。
豊穣はラペルで掃除し、プロテクションを確かめ、ムーヴなどのリハーサルはせずに登った。
言ってみれば、「何をアリとして、何をナシにするか」の境界が異なっているわけだ。

自身を更新し、克服のプロセスを重ねていくところに、僕はクライミングの魅力を感じている。
その意味で、グレードを更新することにも、リスクの伴うクライミングを乗り切ることにも、同じように面白さを見出してきた。
そして今、肉体的な更新に加えて、精神的、あるいは価値観そのものの更新というものがあることが段々と分かってきた。
判官贔屓は、決してハードなルートではないし、綺麗に掃除されれば危ないこともない。
しかしその初登のプロセスには、この遊びを続けていく上で重要な意味があった。

一方、豊穣は判官贔屓に比べて、スタイル的にはあまり突っ込んだことはしていない。
掃除などの必要な準備を整えてから登るというやり方は、これまで瑞牆でやってきたことと何も変わらない。
しかし、たとえラペルで掃除し、プロテクションやムーヴを確認することが妥協に違いないとしても、
こうしてナチュラルプロテクションでフェースを登るクライミングの持つ価値が、僕の中で減ることはない。
それは、ひとつには、「手間をかけてもより良く登りたい」という願いをずっと持っているからだ。
だから僕は、判官贔屓と豊穣、どちらのルートも自分の中では結構気に入っている。

豊穣を登った後、荷物を片付けながら大ザルと話した。
「この開拓の仕方は、1本を登るのに時間がかかるね。でもその分、長く楽しめるとも言えるかもしれない」
大ザルは一言、「そうだね」と言った。
「ボルトを打って開拓すると、すぐに終わってしまう。ある人はそうしてクライミングを辞めていった」とも言っていた。

今回登った2本のルートが、「必要なルート」かどうかは、正直なところ分からない。
そもそも「必要なルート」というもの自体があるのかどうかも、僕には疑問だ。
ただ、はっきりと分かることは、僕が登りたいのは工業製品のように量産されるものではない。
自然の中での偶発性を享受し、自身の中に芽生える何かを温められる、そういうものだ。
スピードを上げることは、必ずしも美徳ではない。
ゆっくりと登ることで見えてくる景色もあるのだろう。