2023年5月15日月曜日

転がる石には

5月6日、あさこさんと小川山に出かけた。
連休中だというのに、駐車場はガラガラ。予報が悪かったからかな。
空はまだ晴れているけれど、雨が近づいてきているのは事実で、空気が幾分湿って重たく感じた。

分岐岩でエッジの常連様方に出くわしたりして歩いていくと、この日の目当てのルートは日陰にひっそりとあった。
当然というべきか、誰もいなかった。
ローリングストーン(5.12d)は、駐車場から20分程度の場所にあるのに、どうもこの辺りに来て人に会った覚えがない。
と言っても、前回ここに来たのはもう10年以上前なのだけれど。

当時、サル左衛門がこのクラックをトライしていたことがあり、僕も一緒に来て近くのルートを数本登った...というところまでは覚えている。
ブリザード(5.12a)は登れて、睦月誕生(5.12b)は登れなかったとか、そういうことも覚えている。
が、肝心のローリングストーンのことは何故だか全く覚えていない。
サル左衛門の真似をしてトップロープで触ったことが、あったか、なかったか。
内容はおろかトライの有無すら思い出せないので、今回は一応、オンサイトのつもりでトライすることにした。

右奥にあるももちゃん(5.10c)とブリザードを登ってアップ。
前に登った時、ブリザードは11dがついていたと思うけれど、今のトポでは12aになっている。概ね同意。
指が温まり、腕もそこそこ張ったので、アップを切り上げて本番のローリングストーン。
いつでも濡れていると思っていた出だしのパートが、この日は乾いていた。
何度見ても、足がスタートの水平クラックから離れたらプロテクションはセットできそうにないし、ナッツを固め取りして突っ込むしかなさそうに見える。
散々眺めまわして緊張を誤魔化そうとしても、あまり意味がなかったので、思い切ってトライした。
水平クラックに立つまでで出来るだけカムやナッツを固めて、核心前最後のナッツをもう一つセットしようと、頭上をカリカリ探った。
と、細かいエッジを踏んでいた足がすっぽ抜けて、呆気なく落ちてしまった。あちゃー。
ぶら下がって見上げると、そこまで決めたプロテクションの間隔の近いこと近いこと。
オンサイトを失敗するときは、思いきれなくてだいたいこんな感じだ。

テンションをかけながらムーヴを作り、上まで抜けた。
思っていたよりも、個々のムーヴは難しくない。
ボルダーライクだと聞いていたけれど、これはこれで結構ストレ二系のルートなのかもしれない。
前半の手数のある核心をこなして、中間にレストを挟んで、後半にも短い核心がもうひとつある。
それぞれのパートはたしかにボルダーだけれど、繋げる難しさが十分にあるように感じた。

あさこさんのトライのビレイをして、レストの後、2回目。
1回目のトライで使うカムも絞り込めたので、腰回りがかなり軽くなった。
ナッツを固めて水平クラックから離れ、核心のレイバックに入っていく。
絶妙な配置のフットホールドを拾って、クラックの縁をぐいぐい引いていくと、核心の真ん中で少し足運びを間違えた。
「あ、ヤバい」と過ぎる。急ぎつつ慎重に微妙な結晶を踏んで、もとのシークエンスに軌道修正した。
ここで一瞬流れが止まってしまったせいで、核心の最後の一手で落ちそうだった。
なんとか堪えて、クラックが一瞬開いたところでレスト。
後半も若干ムーヴを変更しつつ、最後の核心をまた危なっかしくこなして、易しくなる最上部までやっと走り切った。


自分が生まれるよりもずっと前に、この場所で初登を争った人たちのことを、僕は一方的に知っている。
感覚としては、教科書に載っている近代の偉人を見るときのそれに近い。
残念だけれど、どの人とも特に面識はない。
ただ、その人たちの登ったルートの数々がこの地に残り、礎となって、今の僕はその上に立っている。
「日本のクライミングの歴史」というのが大袈裟すぎるのであれば、「この土地の歴史」としてもいい。
どのような尺度で語るのであれ、場所があれば時間があり、その流れの中に在った人たちによって歴史が生まれる。
その歴史の上で大きな意味を持ったであろうルートを、またひとつ登ることができた。
そうしたルートを登るたびに、感じることは毎回よく似ている。
「こういうルートが登れるようになったんだなあ」と安堵すると同時に、「そのもうひとつ先で、自分は何ができるだろう」と考える。
これがあるから、ハードクラシックは良い。

予想どおりローリングストーンは貸し切りだったけれど、ルートにはチョーク跡があった。
このルートに苔が生えることはまだ当分ない、ということだろう。

2023年5月10日水曜日

Sky Rocket

今年のGWは、事前の予報が「あららら」だったところが良い方に覆り、思ったよりも好天に恵まれましたね。

先月の半ば頃から、ゲートが開く前の瑞牆に通い始めた。
やりたいことは既にあれこれあるのだけれど、それらは一度置いておき、4月某日ハカセの誘いでついにダイダラボッチへ行った。
登りに行ったのは無論、Sky Rocket(5.13c 4P)。
数年前からじわじわと人気が増してきているらしいこのルート、実はこの日が初めてだった。
ハカセは既に通ってしばらく経つので、この日は初めからリードさせてもらった。
1P目のハンドクラック(5.10c)と2P目のワイド(5.10d)は問題なくOS。
で、3P目(5.13c)も気合を入れてトライしたものの、流石に核心のボルダーセクションでなすすべなく落ちた。
ムーヴはその後数回で解決できたけれど、結局その日は3トライして核心が繋がらなかった。

数日後、いましさんから「連休にSky Rocket合宿しようゼ」という嬉しいお誘いをいただいた。
が、ハカセと登った翌日にボルダーの着地で足を捻挫してしまい先行きが怪しくなる。
1週間は強制レスト、続く週も控えめに登っただけ。捻挫した足首の治りもなかなか時間がかかった。
それでもなんとか連休の初めまでには元通りトレーニングができるように回復。やれやれ。

4/29、いましさんと6:30集合でダイダラボッチへ。
1P目を僕、2P目をいましさんがリードし、日が当たり始める前に3P目のトライを開始。
後からハカセとソロイスト先輩が来て、この日はテラスが大混雑だった。
1回目のトライは核心のデッドの飛び出しで蹴り足が抜け、手が完全に空を切って落ちた。
いくら微妙なフットホールドでも、ムーヴを起こすためには欠かせないのであって、きちんと整えてから動かなければいけないと反省。
3人分のトライが終わってからの2回目、その反省を生かして丁寧に置いた足で蹴ったら、核心のデッドが初めて止まった。
続く数手を4割程度のパンプを感じながら慎重にこなして、あとは11-程度のフェースを長いレストを挟みつつなんとか逃げ切った。
瑞牆本でクロヒゲさんが書いていた『地上にあったら大人気になるだろう』という話は、誇張ではなかった。
瑞牆で登ったボルトルートの5.13では、ナンバーワンと言っていいと思う。

この日はいましさんがもう1トライしてから二人で上へ抜け、4P目(5.12b)にもトライした。
2本目のボルトを越えたところでカンテを越えてスラブに入ってしまうので、ビレイ点からはさっぱり見えない。
実際に登っていくと、想像したよりもかなり傾斜に変化のあるスラブが続いていた。
もうしばらく人が踏み入っていないらしく、結構チャリチャリしたけれど、核心まではスムーズに登れた。で、核心であっけなく落とされた。
やはりというか、前情報がほぼないこのグレードのスラブをOSするのは相当難しい。
数回のテンションでムーヴを解決して抜け、いましさんが交代でトライして、この日は時間切れ。
ちなみにこのピッチ、ラインが見た目以上に蛇行しているため、回収は多少面倒でもラペルでするのが無難。
ロワーダウンの場合は、中間のヌンチャクをすべて外してから出ないとロープが抜けなくなるので、トライされる方はご注意を。

いつもよりもかなり倦怠感のある中2日の仕事を終えて、5月4日にまたいましさんとダイダラボッチへ。
この日は、前回残した4P目を登って...とはいかない。
いつだったか、いましさんに「WADEくんはワンプッシュで登るよね」と言われてから、
そういえばマルチピッチはシングルピッチのルートと『完登』の示すところが異なるよな、と考えていた。
何をいまさら、というところかもしれないが、今回はこれにこだわることにした。

1P目と2P目はハカセと来た初日と同じく、特に問題なく登った。
3P目下の快適なテラスに上がった時には、壁はまだ日陰だった。一息ついて準備していると、斜め上からどんどんと日が差し込んできた。

3P目について少し詳しく書いておくと、
アプローチの5.12a→5手の二段(2手の初段+3手の2級)→パンプする5.11b というところだ。
言わずもがな、瑞牆本の写真で初登者の福田さんがとんでもない浮遊感で止めているあの1手が、圧倒的に遠く悪い。

1回目のトライ。できればこれでスッパリと決めてしまいたかった。
核心手前までは早くも自動化できてきたのか、ほとんどパンプせずに抜けられた。
少しレストして呼吸が整ったら、いざ核心。
左手の結晶を慎重に持って強引に飛び出すときに、極小エッジを踏んでいる右足がすっぽ抜けた。手は出たものの全く届かず、落ちた。
前回の1トライ目もこんな落ち方をした気がする。反省。

いましさんが1回トライしている間に、壁は完全に日向になってしまった。
岩はまだ辛うじてひんやりしているけれど、もう長くはもたないだろう。
核心の左手は、岩が温まったら途端に持てなくなる。ワンプッシュで登ると意気込んで来たからには、次で登るしかない。
一気に状況がシリアスになってきた。
とはいえ、心中は意外に静かで、「気負っても仕方ないか」くらいで構えて2回目。

核心手前までは、またほとんどノーダメージで抜けた。
呼吸を整えて核心に入る。左手の結晶は、捕らえたのか外したのか毎回よく分からなくなる。
どちらにしても長くは居られない。右足が抜けないことを瞬間的に祈って飛び出した。
左手があまり引けなかったのか、体がかなり吐き出されて、右手は指2本でギリギリ引っかかった。
RPした前回よりも、かなり危なっかしく止まった。でも、これを逃すわけにはいかなかった。
叫びに叫び、右手を持ち直して続く3手を慎重にこなして、やっとガバを掴んだ。
あとは注意深く、とにかくミスをしないように時間をかけて5.11bを登り切った。
緊張から解放されました

これで一気にワンプッシュが近づいた。4P目は前回1度しかトライしていなかったけれど、気持ちはものすごく楽だった。
前回トライしてから翌日に雨が降ってしまったので、チョーク跡は残っていない。
でも、ここまで上がってくると風が強く当たっているので、日向でも状態はかなり良かった。
時間もたっぷりあるし、これなら大丈夫そうだ。
気負いが全くないのが良かったのか、ヌンチャクをかけながらの1回目でそのまま登れてしまった。
追い込まれかけた3P目の直後でなんだか呆気ない気もするが、まあそういうものなのだろう。
そしてこの顔である

残る半日は当然、すべていましさんに付き合った。
いましさんは4P目を登り、夕方の日差しが弱くなる時間帯を待って3P目で怒涛の追い込みをかけていた。


長くなったけれど、このルートではいろいろと学ばせてもらった。
3P目の5.13cの印象がどうしたって強いけれど、今回の経験には単なるグレードを追うだけでは得られないものが詰まっていたと思う。
マルチピッチを登るとき、何をもって「登った」と言うかは様々だ。
各ピッチのRPでよしとすることもあるし、チームフリーで満足できることもあるだろう。
それぞれに尊さがあるわけだが、今回はこのルートのワンプッシュに挑んでみて正解だった。
それはいましさんの言葉に発破をかけられたからでもあるし、初登の福田さんのスタイルに触発されたからでもある。
結果として分かったのは、「核心のピッチが登れても、ワンプッシュで登れるとは限らない」というプレッシャーが、そのクライミングをより面白くしてくれる、ということだ。
あのテラスで日が当たってきた3P目を見上げ、次のトライで登れるのか、と眉間に皺を寄せた瞬間に感じた不安に似た感情。
これからの自分は、それを乗り越えていくことこそを大事にしたいと、強く思う。

ところで、ワンプッシュの日はこのシューズで全ピッチを登った。
前から期待していたけれど、思っていた以上だった。
長らく続いたTCPro一強の時代が、ついに終わるのかもしれない。

2023年4月15日土曜日

いま、ひとたびの

昨日、monolithic blockの新作『HUMBLE』が公開になりました。

今回はいつにもまして、いまし監督に長いことお付き合いいただきました。
制作の初期段階から新しい試みをあれこれとやりつつ、多忙な合間を縫って遂に完成。頭が下がります。
過去作では、インタビューを撮るときにはその場で浮かぶものに任せていることが多かったですが、今回ばかりは言葉選びを相当に悩みました。
時間はかかりましたが、こうしてきちんと形にするために必要な時間だったのかなとも思います。

一度口から出てしまえば、その言葉を作り変えることはもうできません。
どう受け取り、何を思うかは、受け取る人に委ねられます。
物事を表現するというのは、すべからくその宿命を負っているのでしょう。
この作品が観た人の中に残すものは、熱なのか、ささくれなのか。
いずれにせよ、素通りすることなく、何かを感じてもらえる作品であれば幸いです。

2023年4月3日月曜日

ホームにて

ツアーから帰国後は、梅雨かと見紛う天気図にヤキモキする週もあったけれど、そこそこで登っている。

帰国した翌週は、単身で久しぶりに小川山に行ってみた。
特にやることは決めず、完全に気分。花崗岩に触るのも久しぶりな気がした。
朝、信州峠を越えて川上村に下りると、ナナーズの隣にコンビニができていた。びっくりしすぎて立ち寄ってしまった。

日陰は雪が融けずに残っているので、日の当たる屋根岩方面へ。
なんとなく気になって、以前友人から「これ知ってる?」と教えてもらったミッドナイトランブラー(二段)をやることにした。
手近な課題でアップして、15年くらい前にトライした気がする皐月(初段)と花豆(初段)も登った。
皐月はポケットの保持が皮にくるので、気合を入れてゴリ押し数回でなんとか登った。
花豆はハングから出て左に行っていそうな見た目だったけれど、そちらはさっぱりできず、ほぼ直登で解決。すぐ右のカンテは限定っぽいので使わず。

で、本題のミッドナイトランブラーへ。
コロンビア豆ボルダーの左端にある鋭利なカンテ。どうもラインはカンテの右のフェースを登っている。
が、右手でカンテを持って離陸しようとすると、浮けない。浮けません。
登った話すらほとんど聞かない課題なので、これはどうやってみてもいいだろうと、ホールドを探して右往左往。
最終的にカンテを挟む形でスタートできることが分かり、出だしの数手が止まったトライでそのまま登れた。
中間部のガバを取ってしまえばあとは見た目よりも簡単だったけれど、落ちられない下地だしひとりぼっちなので、緊張感があってよかった。
同じ岩のラウンドミッドナイト(二段)も相当気になったけれど、流石にこれはふらっと来てトライするような課題ではなさそうなので、次回に回した。

その後は不可能スラブへ。誰かいるかと思いきや、人の気配すらなかった。
貸し切りだぜラッキー、ということで、これもまた数年ぶりの伴奏者をやってみた。
ひとつめの核心だと噂の出だしで指もソールも結構すり減った。
出だしを突破できたトライで中間部をこなし、後半の核心に何度か入ったものの、これができず。
これもふらっと来てできるほど易しくないか。

冬の日をやりたかったけれど、行ってみると雪解け水でびしょびしょだったのでやめ。
時間が余ったので、2年ほど前にヨレて敗退して翌日風邪まで引いた、因縁の小川山ジャンプへ。
足の組み合わせを何通りか試して、「これだ」というのが見つかって、その後数回で一気に距離が伸びた。
最後は気持ちよくスパーンと止まって登れた。あー、すっきり。

それにしても日中の日向はやけに暖かかった。ボルダーのシーズンは早くも終了か...


その次の週、今度はあさこさんとふたりで小川山。
あさこさんがトライ中のマナ(5.13a)をやりたいので、屋根岩5峰へ。
平日に雨が降っていたけれど、日陰の雪はまだまだ残っていた。
午前中は日が当たって暖かくかなり快適。が、昼を過ぎると途端に曇って寒々としてきた。
この時期はまだまだ油断がならない。防寒着を多めに持って行って助かった。

ギャオスでアップして、あさこさんがマナを1回トライして、僕はこんにちはおっぱい(5.12b)。
前回は1年半ほど前の秋だった。そのときに1回だけトライして、OSできずに敗退した。
今回もやたらと悪い出だしに行きつ戻りつした。これで12bか...
そこを鼻息荒くこなして、あとは10台後半くらいのフェースを登って終了。
名前の由来にあたるホールドが、ルートを登らないと見えないというのが良い。

お昼を挟んで、曇り空の下で冷たい風が強くなり始めた頃、あさこさんが2回目のトライ。
出だしのムーヴでプルっとしたけれど、スラブに這い上がって仕切りなおす。
数メートルの空間を横切って、ゆっくりした呼吸の音が力強く聞こえてくる。
1年半前に一緒に来てビレイしたときには、細切れにしかできていなかったムーヴが、今回はどんどんと繋がっていった。
手の先、足の先まで力が漲っているのが、ビレイグラス越しでもよく分かった。
4本目までクリップして少しレスト、それから核心が始まる。
一手一手、ゆっくりだが淀みないムーヴで捕えていく。こちらの応援も次第に大きくなった。
5本目のクリップ、そして直後に一番の核心が待っている。
ここのムーヴは、1年半前はそこだけやっても解決できていなかった。
「この前久しぶりにトライしたら、ムーヴができてん」と話を聞いてきた今回、それは「やっとこさできた」というものではなく「ずっと前からできていた」という動きに見えた。
向きも掛かりも微妙なホールドにじっくりと指を収めて、力強く核心の一手を止め、上部のスラブへと抜けていった。

素晴らしい瞬間だった。
登った本人よりも、ビレイヤーの方が泣いていたかもしれない。

あさこさんの登りに俄然やる気をもらい、指よ皮よ(5.13a)もやってみた。
こんにちはおっぱいと同じ出だしをこなして、そのまま丸いカンテを押さえながらダイレクトに登る。
実際やってみると、カンテに出るまでが悪くて、あとは11あるかないかくらいだった。
なんどやっても緊張する出だしを突破し、初めて触るオリジナルのセクションは慎重に時間をかけたら一撃ですべてこなすことができた。
どうだろう、コンディションがいいからなのか、おっぱいとグレード1つくらいしか違わないように感じた。
出だしが共通なのでOSでもFLでもない。むしろ出だしが最大の核心のような気もする。
指よ皮よ

とにかく、この傾斜の13が少ないトライ数で登れたことで十分満足だった。

お互いにやりたいことが早めに終わったので、当然早めに撤収して温泉に入り、夜はフォンテーヌブローで買ってきたビールで乾杯した。
グレードが書いてある(当然、7Aがいちばん濃かった)

薪ストーブで焼いた焼き芋が美味い!


2023年4月2日日曜日

回顧録

Karmaを登った後、これまでとは違うなにか特別なことを感じた。
ツアーから帰って1か月弱、その整理がついてきたので、書き残しておこうと思う。

僕が感じたことというのは、弟と自分のクライミングのことだ。
結論から書くと、それは次のようなシンプルなことだった。
「随分前に分かれた道が、こうして交わることがあるのだな」と。


2013年、初めてのブローツアーで、Franchard Cuisiniereを回った日があった。
弟とふたり、Franchardの駐車場に置いて行ってもらい、夕方にピックアップしてもらった。
僕は指に穴が開いていたこともあって、この日はカメラだけを持って行き撮影に専念していた。
その日、彼はKarmaを登った。あまり時間はかからず、呆気ないくらいに早かったと記憶している。
ツアー中にメンバーの間で流行っていたコーラ味のグミを、Karmaの上に乗っている小さい岩に置いておいて、登った弟がそれを咥える、という一コマも撮った。


ここからは、酷く恥ずかしい話になる。
僕がなぜクライミングを始め、そして続けてきたのかということについてだ。
断っておくと、僕のクライミングはとても後ろ向きな感情がスタートだった。
純粋かつ前向きな気持ちでクライミングと出会い、それに向き合ってきたわけではない。
始まりにあったのは、ちっぽけな自尊心からくる自己否定だった。

話は僕がクライミングを始めた頃に遡る。
僕ら兄弟は言わずもがな、父の影響でクライミングを真剣な趣味として始めた。
が、これには言葉が少し足りない部分がある。
当時10歳の僕は、年の近い弟に勝てるものがないことに悩んでいた。
大人になってみれば「子どもらしい悩みだ」と感じるけれど、まさに子どもだった僕にとってはこれが何より重大な悩みだった。
特に理由もなく、「兄は弟よりも強いもの」という価値観が僕の中にはあった。
だからこそ、どんなものであっても、弟に先を行かれる自分を受け入れることが難しかった。
それを見かねた父が、「お前はクライミングを始めなさい。そして3年は絶対にやめないこと」と言った。これが本当の始まりだったと言っていい。
その後すぐ、地元にあったジムに通うようになり、ほどなく弟もついてくるようになった。

自信をつけるために始めたクライミングでも弟に勝てない、ということを思い知るのに、そう時間はかからなかった。
とあるコンペの後で、「お兄ちゃんの方はびっくりするくらい弱かった」という陰口のような言葉を、偶然聞いてしまったこともあった。

高校を卒業し、クライミング歴が10年目を迎える。
クライミング自体がどんどんと面白くなっていく一方、後ろ暗い部分が胸の奥にずっと根を張っていた。
そこだけが、僕の中で最後の最後まで子どものままだった、と言えるのかもしれない。
この頃僕はアルパインクライミング等にも手を出しはじめ、少しずつ自分のクライミングの幅を広げようともがいていた。
しかし自分が冬山に登っている間に、弟やその仲間は岩場でどんどんと成果を上げている。
努力をしていなかったわけではないが、自分と弟との差はむしろ加速度的に開いていったように思う。
時間は誰にとっても有限だ。新しい分野に挑戦するということは、その分もとからあった守備範囲を磨く時間は減っていく。
そのことは至極当然だが、当時の僕はそれがなかなか受け入れられず、「自分は一体何をやっているのだろう」と呆然とすることもあった。

僕はずっと、ただ弟に勝ちたかった。
そうでないならせめて、弟のようになりたかった。そういうことだったのだと思う。

ただ、この期間を経て、僕と弟の進む道は明確に分かれていった。
似たようなフィールドで登ってはいても、目指していくものは少しずつ違っていた。
20代になり、それぞれの進路を選んでいくのと重なるように、クライマーとして内に秘めるものも変わっていったように思う。
紆余曲折を経て、自分が弟とははっきりと違うクライマーであることを、今の僕はどうやら自覚できている。

…とここまで書いてくると、弟へのコンプレックスがどんどんと拗れているように感じるかもしれないが、弟に対してネガティブな気持ちを抱いたことはない。
弟は常に僕の気持ちを湧き立たせる存在であったし、出所がどこであっても、憧れという気持ちは強い力を生むものだ。
もうひとつ、僕にとって大きな幸運だったのは、家族をはじめ身近な人たちが決して弟と僕を比較しなかったことだ。
「弟にはできるのに、どうしてお前には」という言葉に晒されていたら、きっとそれは僕の抱く好奇心を惨たらしく押しつぶしていたことだろう。

弟と僕を比較してとやかく言うのは、いつだって僕自身だったのだ。

時は流れ流れて、2023年。僕はなんとかKarmaを登った。
10年前の弟とは違い、随分と苦労したし、ギリギリのクライミングだった。
あの頃を思い出して岩の上のグミを探すようなことをする余裕もなく、感情の嵐に流されてあっという間に岩から下りてきてしまった。
その嵐が過ぎ去って落ち着くと、「10年かかって、やっとここか」と思った。
10年前のツアーで、弟はKarmaだけでなくBig Islandまで登ってしまったわけで、そういう意味では僕はまだ当時の彼の背中に触ることすらできていない。
ただその「やっとここか」という感情に、悲嘆や諦観のようなものはない。
あるのはある種の感慨だった。
あの頃の自分はカメラのこちら側で何を思っていただろう。
彼が登ったことに喜びつつ、どこかで「悔しい」と感じていたかもしれない。
同じ家で同じ飯を食べて育ち、同じジムや同じ岩場で登っていても、まるで違うクライマーが出来上がるということを、当時の僕は知らなかった。
そして自分が弟ではなく、本当は何になりたいかを考えられるようになることも。

枝分かれして違う方角へ伸びていった道は、曲がりくねり、登り下って、気づくと10年前に見た景色の中に帰ってきていた。
道を辿った先で、ここに出るとは思っていなかった。
遠回りや寄り道を随分とたくさんしてきた気がする。
「もしもあのとき、あちらに行っていれば」と、現実とは違うことを思い描くことは今でもある。
しかし10年前のこの場所に思いがけずやってこれたことで、その分の距離と時間への後悔はもう感じなくなった。
ずっと前に分かれた道と、偶然また交わった。そんな気がしている。

自分の道がどこへ続くのか、もう一方の道がどこへ向かうのか。
それは今のところ分からないけれど、またいつか、どこかで交わったらいいなと思う。
また会いましょう。





2023年3月27日月曜日

Fontainebleau 23-3

3/1  Cuvier
ここから最後の追い込みで3連登することになる。

早起きして、夜明け前に近所のパン屋でパンを買った。
「パリ・スタイル!」と言っていますが、ここはパリではありません

朝一で自転車屋でマウンテンバイクを借り、一路Cuvierへ。
街の北西の交差点まではApremontのときと同じで、そこから少し北寄りの道に進む。
具体的に書くと、D607という道を挟んで北側にCuvier、南側にApremontがある。
自転車屋から1時間ほどでBas Cuvierに到着。気温は低いものの、風はほぼなし。
とはいえ、午前中は寒くてやっぱりあまり動けなかった。
Marie Roseの周辺でゆっくりアップ。Marie Rose(6a)は混んでいたので、今回は登らず。
地味な見た目のSuper Bouze(7a+)で予想外にハマってなんとか登った。

少し場所を移して、Hypothese(7c+)をやってみると、これができない。
スタートのカチは鋭いし、フットホールドは滑るし、そもそもこの時点で日向は結構暑いし。
右手の皮がゴリゴリ抉れてきて、この日のメインのためにもここで裂くわけにはいかず、諦めた。
悔しまぎれに左隣のInfidele(7c)をやったら、こちらもそこそこハマったものの登れた。
Hypothese 7c+

日陰を求めて、La Balance(7c/7c+)をやりに行く。
Carnage(7b)など有名課題がひしめく岩の裏面で、誰もいなかった。
スタートホールドはチッピングによるもので、使って地ジャンして7c、使わずに跳びついて7c+という課題。
スタートホールドありでやってみると、1手目のスローパーが思いの外持てて、結構呆気なくOSできた。びっくり。
折角なので7c+の方もやってみる。と、これも地面からの垂直跳びがパコッと止まって、そのまま登れてしまった。
限定の7c+からやっても一撃できたのでは?そう考えると、勿体ないことをした気分。
あまりに早く登れてしまったので、写真すらなし。あらら。
まあいいか。

その後あさこさんがちょっとLa Joker(7a)をトライして、それから本日のメインla Merveille(8a+)に移動。
Bas Cuvierからトレイルを少し街の方へ戻ると、道のすぐ脇にハイボルダーがひとつ。
その一番高いカンテを登るラインで、初登はMarc Le Menestrel。
これもKarmaと同じく、10年前からブローに来るたびにトライしている課題だった。
8年前、きょーやくんと来た時に少しだけ進展したものの、核心に辛うじて入った程度だった。
最初の数回は右手の連続するガラスカチが痛くて下りたけれど、これは我慢するしかないと腹を括ると持てるようになった。
核心の右手、カンテの右側に張り付いたポテチ大の薄いガラスカチをどれだけ持てるかが勝負。
前回はこのポテチが取れたもののそこから動けずに終わった。
コンディションが良かったのか、それとも早々に切り替えた新しいムーヴが良かったのか、2、3回のトライでポテチが持てるようになり、次のムーヴに入った。
10年前も8年前も、かなり試行錯誤してムーヴを解いていったのに、今回は自分でも驚くほど早くムーヴが組みあがっていく。
ポテチを握ってから中継を刻み、最後にリップへのランジが出てくる。
一度ランジを外して結構な高さから落ちたものの、感触は良かった。落ち方も危なくはない。
が、結晶が刺さるらしく薬指に穴が開きかけていた。
「今ここで登れなければ、次はまた数年後になる」と、すぐに分かった。
レストしながら散々悩み、薬指にだけはテーピングを巻くことにした。
すでに自動化してきた下部をこなして、ポテチに入る一手もそれまでよりゆっくりと動く。
出来るだけ丁寧にポテチを握り、中継を取ってランジの体勢に入ると、これで止められなければもう登れないような気がした。
吠えながら出した左手は、リップ奥のスローパーに届いていた。
岩の上に座り込むと、登ってきた被ったカンテは上からでは全く見えず、高さに少しだけ足が竦んだ。

この課題にもう一度トライすることを、ブローに来ることが決まった時からずっと待っていた。
10年前、登れずに荷物を片付けたときの自分は「強くなってまた来よう」と、半ば願うようにそう思った。8年前も、全く同じことを思っていた。
今度ばかりは、違うことを感じながらマットを畳むことができた。

帰り道、トレイルを立派なイノシシが優雅に横切っていった、らしい(あさこさん談)。

3/2  Franchard Isatis & Cuisiniere
ついに、休業していたこの街いちばんのパン屋が開いた。やったぜ!
ということで、Franchardに向かう途中で寄り道をしてお昼のサンドイッチを買った。
フォンテーヌブローの街の西側から森に入り、ほぼ真西へ向けて走っていった。
エリアまであと少しのところに、古い教会があった

街の方から行くと、Cuisiniereが先に出てくるけれど、一旦素通りしてIsatisへ。
この日も気温はしっかりと低く、IsatisのPlan1でオレンジのサーキットをしてアップした。
オレンジは6台の前半までしかないものの、ピリッとした課題もあってしっかり楽しい。
街いちばんのパン屋は、サンドイッチも当然美味しい

サーキットの課題を十数本登って体が温まってきたようなので、Cuisiniereへ移動。
あさこさんが気になっている、le Magnifique(7a)にトライ。
僕は8年前に来た時に登っていたけれど、良い課題なのでリピート。
どうもスタートからほぼまっすぐに登って、それからちょっと左にトラバースして同じところに抜ける、というラインもあるようなので、そちらも登った。
オリジナルの左回りと、悪さの内容は少し変わるけれど体感はほぼ同じくらいだった。
あさこさんはツアーの目標だった7台ということで相当頑張ったけれど、核心の遠いムーヴが止まらず。
この岩は完全に日陰で寒さが厳しかったので、この日は早めに撤収した。
僕はKarmaをやりたかったのだけれど、前日のMerveilleで指に穴が開きかけているので、この日は無理に登らず最終日に賭けることにした。
帰り道、夕日がきれいだったので「手で持ってます」風の写真を撮る

家に帰ると、セフリンがディナーを作ってくれた。オリビアも遊びに来た。
セフリン先生のタルトタタン(キャラメルのアイスが合う)



3/3  Franchard Cuisiniere
クライミング最終日。早起きして近所のパン屋で朝ご飯を買い、Franchardへ。
当然、途中でいちばんのパン屋に寄ってランチを調達した。そりゃ美味しいものが食べたいよね。

この日はもうIsatisへは行かず、最初からKarmaの辺りへ。
流血したわけではないにしても、流石にその寸前くらいまで指皮が抉れると、1日では回復しきらない。
とりあえず減ったところにはテープを巻いて、6cくらいまで登ってアップ。
晴れていてもやはり寒い

アップを済ませて、イギリスから来たらしいのっぽのお兄さんに混ぜてもらってKarma。
先にトライしていたのっぽさんと「コンディションはどう?」とかいろいろ話すと、「フットホールドはこれがいいぞ」という情報をゲット。
これまでと違うフットホールドを試してみると、たしかに右手を送る遠いムーヴの感触が良くなった。
中継で使われているスローパーでヒールを上げるムーヴもあるらしいので、そちらも試してみた。
が、ヒールはギリギリ上がるけれどそれ以上動けないので、これは厳しい。
右手を奥まで送るムーヴに戻すと、寒くて乾燥したコンディションのおかげか、これまでにないくらい距離が出るようになった。
あーでもないこーでもない

何度かやると、右手が奥のスローパーに届いた。見た目にはエッジがあるのに、叩いてみるとただの浅い凹み。しかも大してフリクションがない。
「これは我慢して持つしかない」と覚悟して取りに行くと、どうやら持てるようになった。
その後数トライでヒールが上がった。が、腰が上がらず。股関節が硬い。
慌ててその辺でストレッチをしたものの、結局その後も腰は上がらなかった。

時刻は昼を回り、一旦Karmaは中断。夕方にもう一度寄ることにして、サーキットでのアップを挟みつつle Magnifiqueへ。
あさこさんも最終日に追い込みをかける。
自分のトライを録画して、それを見つつ核心の手の出し方を分析する勤勉さ。
その効果もあって核心のスローパーを叩くところまで手が届いたものの、止まるには至らず。
この一手は最後まで止まらず、宿題となった。
終わった直後は落ち込んでいたけれど、帰国後メキメキと調子が上がっているので、得たものは相当に多かったらしい。
これも聖地の恵みだろうか。

Karmaに戻る。
この日は19時までに自転車屋にバイクを返し、それからご実家で最後のディナーという約束だったので、残りは30分。
イギリスののっぽさんはいなくなり、スペイン人ののっぽさん2人組がトライしていた。
もうやることは分かっているので、あとはその精度を充分なところまで上げられるかどうか。
あんなに可能性を感じなかった奥のスローパーを取るムーヴも、ほぼミスなく止められるようになった。


ヌメり手の僕は、体が温まるとすぐに指先が熱くなってしまう。
Karmaは実質3手。中継→飛ばし、中継→飛ばしなので、それを入れると5ムーヴというところか。
その短さでもかすかな汗ばみが気になるので、指を冷やすのを兼ねて液体チョークも使った。
時間は残り15分を切り、気持ちも焦ってくる。

あと3回で終わりにしよう、と決めて指先を乾かし、取り付く。
右手を送って指2本分くらいの凹みを押さえ、ヒールを上げる。
短時間であれこれ試して、結局ここしかないだろうと決めた位置に、ヒールカップが収まった。
なんとか抜けないようにと祈る気持ちが、一瞬にして通り過ぎた。
腰が入り、左手がこれまで届かなかった浅い中継に届く。
もうこれで落ちたら次はない。死に物狂いでしがみついて、這い上がった。
最後のガバを取るところで、やっと声が出た。

なんということだろう、登れてしまった。土下座するようにへたり込んだ。
物理的にも心情的にも随分遠い憧れだったはずのこの課題が、まさか登れるとは。
岩から下りてあさこさんとワイワイやっていると、スペイン人ペアの連れていた犬が「オレも混ぜろ」とすごい勢いで突っ込んできた。
話す言葉は違っても、喜んでいる人のことは分かるらしい

スペインの2人にお礼を言って、Franchardを後にした。
帰り道は半分くらいまで急な登りだけれど、そこを過ぎれば街中まで下り。
予定よりも早くバイクを返却できたので、一度セフリン邸に帰って荷物を置き、身軽になって実家へ出かけた。
エチェンが、コロナ禍に裏庭の塀をトラバースしていたと聞いたので、教えてもらう。
クロックスにノーチョークでは、さすがに厳しかった。普通ではありえないくらいパンプした。

最後のディナーは、「やっぱり皆、チーズが好きよね!」と本場のラクレットをご馳走になった。
専用のホットプレート(?)でチーズを溶かして、ジャガイモなどの具材にかけていただく。これが美味しくないはずがない。
最後までごちそうさまでした。
「前に来た時もこんな構図で撮ったわねぇ」と笑う


3/4~5 移動日
朝、僕らが起きてすぐ、フィリップがなにやら一人でどこかへ出かけて行った。
やっぱり最後にあのパンが食べたいよね、と、ちょっと遠いけれどいちばんのパン屋へ。
歩いて片道20分ほど。朝の散歩としてはちょうどいいかも。
クロワッサンやらなにやら買って帰ると、テーブルの上には僕らが買ったのとまったく同じ見た目のパンが並んでいる。
先に出かけて行ったフィリップも全く同じパン屋へ行って買ってきてくれたらしい。一足遅かった。
セフリン含め、4人で爆笑。
余ったパンは、結局日本まで持って帰ってきましたとさ。

ゆっくりと荷物をまとめ、セフリンとフィリップにお別れをして駅へ。
フォンテーヌブロー・アヴォン駅からリヨン駅へ向かい、帰りは空港まで電車の乗り継ぎで行くことにした。
リヨン駅からはDラインの電車に乗り換え、ノルド駅(Gare du Nord)へ。
ここでまた電車を乗り換え、Bラインでシャルルドゴール空港の駅へ。
電車の駅から空港までは専用のシャトルが走っていた。
パリから空港までの電車は、治安の悪い地区を通るので注意が必要との話も聞いていたが、昼間だったおかげか特に問題なかった。

荷物を預け、自分たちにはちょっとおしゃれすぎるシャルルドゴール空港の免税店で少しだけ買い物をして、搭乗。
機内食はビビンバ

10時間のフライトで韓国、インチョンに到着。
帰りはトランジットも短く、3時間で次のフライト。
が、アジア圏に帰ってきて二人とも気持ちが抑えられず、フードコートのフォーを食べに行った。
「故郷の味や!」(フォーを食べるのは初めて)

インチョンから成田までは2時間。ひと眠りで、成田到着は21時過ぎだった。
検疫もほとんど問題なく通過し、車を回収して、最後のひと踏ん張りで高速を飛ばし、帰宅。
翌朝の朝ご飯をコンビニに買いに行き、「なにかしょうゆ味のする茶色いものが食べたい!」ということであれこれおまけを買ってしまった。
茶色いものたちと緑茶

これにて今回のツアーは終了。
現地でお世話になった方々、そしてなによりこのツアーに出かけるきっかけをくれたあさこさん、ありがとうございました。

2023年3月23日木曜日

Fontainebleau 23-2

2/25  Cul de Chien
前日、セフリン邸に帰ると旦那さんのフィリップが出張から帰ってきた。はじめまして。
この日僕らはレストしようかと考えていたものの、彼らが「登りに行こう!」と言ってくれたので、車がないと行けないエリアに行くことにした。
選んだのはCul de Chien。初めてのツアーでここの近くのジトに暮らしていたのに、登ったことはなかった。
有名なビルボケ(これは登攀禁止)

なかなか体が痛かったので、ゆっくりゆっくりアップして、皆で6台のトラバースをやったりした。
トラバース中のセフリン

トラバース大会が落ち着いたところで、折角なので有名どころも登ろうと、le Toit du Cul de Chien(7a)を登った。これは安定してOS。
同じ岩の6台もあらかた登ったけれど、もしかしたらToit du Cul de Chienが一番素直で登りやすかったかもしれない。
よく見ると、ハーケンが打たれている

その後は少し移動して、これまた有名なEclipse(7c)とかArabesque(7b+)とかのあるルーフへ。
とりあえずグレードの低いArabesqueからやる。
OSは呆気なく逃し、ムーヴをかなり組み替えながらトライして、最後はヨレヨレのボロ雑巾になりながらなんとか登れた。
Arabesque 7b+

このルーフはスタート位置がそこそこ高いので、半分くらいの課題は途中からバラすということができない。それもまたいい。
Arabesqueだけでお腹いっぱいになってしまったので、Eclipseはトライせず。
最後に皆がトライしている右のle Retour de la Chenille(7a+)を登って終了。流石に体が重かった。
近くに巨大な砂の城があった

家に帰ると、セフリンがお得意のタルトタタンを焼いてくれた。ものすごく美味しい。


2/26  レスト
いい加減体が痛いので、この日はレスト。
ちょうど日曜日ということで、のんびり出かけて、フォンテーヌブローのマルシェにでかけた。


謎の揚げ物

うまいがな

あれこれ買い物をしたけれど、この日は風が強くてとにかく寒かった。
外に居るのがしんどくなってきたものの、風を凌ぐにはお店に入るくらいしかない。
が、日曜午後にはお店がことごとく閉まってしまい、結局市役所の中庭に逃げ込んだ。
チーズ屋さんで買った、Fontainebleauと名前のついたクリームチーズらしきものが、ジャムをかけて食べるとむやみに美味しい。
チーズケーキも買った

寒さに耐えかねたので、一度セフリン邸に逃げ帰って、夕方に実家にお邪魔した。
一家(とオリビアの友だち)とのディナー。
なぜかキッチンに全員集まる

マチルダ母さんがアップルクランブルを作ってくれた



鴨肉やらフォアグラやら、なんだかレストランに来た気分。どれも美味しかった。
ワインも美味しかったのだけど、歩いて帰るのでほどほどにしておいた。

2/27  Rocher Canon
自転車屋がこの日は定休日だったので、電車と歩きで行けるエリアを探して、Rocher Canonに行くことになった。
パリ方面に一駅戻って、Bois le Roi(ボワルロワ)という駅からエリアまでは歩いて30分ほど。
フィリップによると、駅から近いのでパリのクライマーがよく来るのだという。

天気が良くて日差しはあるものの、風が強くて依然寒い。早起きして来たのに、昼くらいまではほとんど登れなかった。
ボワルロワ駅のパン屋で買ったサンドイッチが美味

昼を過ぎて、やっと動ける体感気温になってきたのでぼちぼち登る。
6台のサーキットをあれこれやってみたら、どれも足がツルツルで滅茶苦茶難しい。
1本には完全に敗退した。登りこまれた課題は恐ろしい。
5+のスラブだが、手ごわい

なんだか自信がぐらついたところで、ちょっと奥に移動。
7+8で★がついているChasseur de Prises(7a)をやってみた。
スタンドの7aはスリップして落ちて2回目で登り、SDの7c(こちらは☆)も数回でゲット。
やはり星付きは伊達ではない。面白かった。
が、ここは日陰でかなり寒かった。ということで、もうちょっと日が当たっていそうなFree Hug(7b)へ。
なんというか、ピンを抜いて投げると爆発しそうな見た目をしている。そう考えるとハグするも気が引ける。
Free Hug

立ちスタートは結構高い位置にスタートのカチがあり、それからひたすらモワッとしたスローパーで押さえどころに悩む。
一撃はできず、足運びを含めたシークエンスを結構練って登った。
折角なので、SDのFree Hug assis(8a)もやってみる。
2手増えるだけなのだが、7bのスタートへの合流がとにかくフルスパン。
「これは流石にすぐには登れないかな」と思っていたら、ホールドの持ち方とフットワークにカギがあることを発見。
一気にムーヴの精度が上がり、気温が下がってきたのも手伝って案外サクッと登れた。
あら、登れたましたわ

思いがけず、今ツアー最初の8台。なんだかすっきりした。

この岩の目の前に荷物を置いて登っていたら、どこからともなく小鳥が飛んできた。
手乗り文鳥かというくらい、ものすごく近くまで寄ってくる。
見た目はかわいいし、羽の色もきれいだし。
「食べ物を狙っている」「近くに巣があって、実は威嚇してきている」など諸説飛び交ったが、結局理由は分からず。

ぼんじゅー、むっしゅー、と話しかけてみる

最後に、少し奥のLa Baleine(7c+)にトライ。
そういえばPetit Boisというエリアにも全く同じ名前の7a+があって、10年前に登ったな。
当然、こちらの方が悪くて、頑張ったものの一撃はできず。
こちらは水平のルーフから抜けて、クジラの頭のような形状を抱えてバシバシする。
すでに結構ヨレていて、そこでこのタイプの課題はなかなかきつい。
ただ、このエリアにもう一度来る保証はないので「今ここで登らないと」という気がしていた。
最後は肩回りの筋肉がビリビリくるまで力んで、なんとか登れた。
La Baleine 7c+

日が傾いてまた極寒になってしまったので、暗くなる前に早めに撤収。

2/28  レスト
ここからツアーの最終日まで天気が良さそうだったけれど、気温も相当に低かったので、この日はレストすることになった。
前日のRocher Canonの寒さで、少し冷静になった感がある。

最後の3日間を全部クライミングに充てるため、この日はブローの街にお土産等々を買いに出かけた。
この日は火曜日で、またマルシェが開かれていた。
ボルダーグレードの名前がついたビールやら、美味しそうなチーズやら、いろいろと買い込んだ。
恐ろしく緑色のPESTOは上品なバジルの味

ファンタジーの世界に出てきそうな刃物でチーズを切ってくれる

街にあるFrederic Casselでケーキも買った

マルシェで買ってきて淹れたコーヒーと一緒に