2026年1月25日日曜日

年末から年始

この秋のツアーは期間が少し長かったので、帰国したらもう11月も終わり。
あっという間に年の瀬になっていた。
今回の正月休みはあまり遠くへは出かけず、年始に社長に呼ばれて尾鷲に行ったくらいだった。


12月30日 瑞牆
久しぶりに、一人でボルダー。この時期にしては暖かく、雪も日陰にある程度。
とはいえゲートは閉まっているので、下流の方で登ることに。
ゆっくり家を出て、新トポが出てから気になっていた路傍の石(二段)へ。
周辺の課題を3級くらいまで登ってアップ。
本題の路傍の石も、ホールドを磨いてムーヴをバラしつつ数回のトライで登れた。
これはコンディションがいいぞ。
路傍の石

気を良くして、もう少し下流のスカイフィッシュ(二段)へ。
トポの調査の時に一度触ったきり、登れていない。
改めてやってみると、あれ、離陸できない。
ホールドを変えたりシューズを変えたりいろいろやったら、前とはちょっと違うムーヴでできるようになってきた。
それでもまだまだ悪いし、保持の強度も結構高い。
これで左上のカンテが取れればほぼ終わりだろうなと考えて、強引に手を出した瞬間、右手が盛大にすっぽ抜けて猫パンチ。
空中を舞って着地する瞬間には「痛っっ!」と叫んでいた気がする。
慌てて右手を見ると、中指と薬指は猫パンチで流血。
それだけならまだしも、中指の腹から爪の際までが今までにないくらい盛大に剥けていた。
当然、大流血。あまりにも血が出ていたので、指の写真は撮ったけれど載せないでおきます。
因縁の課題になってしまいそう

2時間くらいしか登っていないけれど強制終了して、キズパワーパッドと痛み止めを買いに走った。
その夜はLOKUBOKUの忘年会だったけれど、夜が更けたら指が疼き始めたので涙ながらに退場した。


1月4日~6日 尾鷲取材
社長の尾鷲取材(100ルート)に同行。合宿に参加するのは久しぶりな気がする。
4日は移動日で、尾鷲の小さな集落にある宿まで半日かけて走った。
宿の近くのこじんまりした駅が、なんだか味があった。時刻表の空白の多さがいい。



5日は楯ヶ崎の三国合同エリアで調査・撮影。
久しぶりにイエローギャングことカッシーに会った。相変わらず早口でずっと喋っている。
三国合同エリアは、看板ルートのパーフェクトブルー(5.11a)以外はかなり短くまとまっていて、独特の渋さを感じる。

年末に無残に裂かれた指は当然治っていないので、テープでぐるぐる巻きにして、とりあえず調査。
めはり寿司はお好き?(5.9)を登って、三国一の美女(5.10d)をやったら落ちかけた。
体感は5.11cくらい。どうもこの辺りのショートルートはかなり辛いらしい。
「パーフェクトブルーも一応やってよ」と社長が言うので、カッシーとYabuくんが登った後に続いて僕も登った。
ハングのホールドがじゃりじゃりするのを我慢すれば、上部のフェースは爽快。
関西を代表するルートと言われているだけのことはあった。
(ちなみにどこからどこまでを関西と呼ぶのかはいまだによく分からない)

あとは巨大壁エリアでYabuくんが撮影を兼ねて八十八夜(5.12d?)を登るのを見届けて、この日は撤収。
指が万全だったら、やってみたかったなぁ。


6日はカナトコ岩へ。
「アプローチの途中で廃村を通る」と聞いていたので、「あばら家が何件かあるんだろうな」とか考えていたら、
想像をはるかに超えるジブリ感が漂っていてなんだかテンションが上がった。

カナトコ岩はかなりロケーションが良く、さらには居心地も良くて、いい感じ。
Yabuくんが撮影でタイタニック(5.12b)を登り始め、「OSしなさい」という圧をどこからともなく感じたので、僕は目を逸らしておいた。
Yabuくんの撮影が終わったので、ラジオ体操とハングボードのアップだけでいざトライ。
見るからにカナトコ岩でいちばんおいしいカンテを贅沢に登るわけだけれど、足下の繊細さのせいかムーヴはなかなかに渋い。
こういう類の渋みは好みなので、前腕がバンバンになりながらありがたくOSさせていただいた。

その後裏面のキャプテンK(5.10c)と表の24カラット(5.12a)もOSして、気持ちよく取材を終えた。
あさこさんは助監督業をばりばりこなしながら、合間に24カラットをトライしたりしていた。

夕食は泥攀RX氏が愛してやまない尾鷲の豆狸にて海鮮ユッケ丼をいただいた。
泥攀RX氏が完全にお店の人に覚えられていて、なんだか笑える。
それから翌日の仕事に向け、ひとり孤独に車を走らせた。

2026年1月7日水曜日

Yosemite 25 帰国日の夜に書いた日記より

以前、『さみしい夜にはペンを持て』という本をあさこさんにもらった。
それによると、日記は自分に向けて書くものだという。

今年のツアーは、これまでになく辛い時間をペン先に込めて文字にした。
身の丈に合わない目標など立てずに、もっと新しいこと、もっと楽しめることを求めていた方が、
この1年、あるいはこの4年は実りがあったのかもしれないと、今でも思う。
後悔と呼ぶには、まだ早い。しかし、そう呼ばれかねない感情が際限なく湧いてくるのは事実だ。

今年、はっきりと分かったことがある。
それは、ここが自分の持てる才能の限界なのだ、ということだ。
20年以上も前に一度思い至ったことに、改めて戻ったきたようだ。
自分には、才能がない。凡人、普通の人だ。
平山さんのような力と才能に溢れたクライマーではなかった。
世界で戦っていた人と、その世界に出たこともない自分。
競うまでもなく、立つ土俵が違うことは明らかだ。

それでも、と思う。
それでも自分は、まだSalatheを登りたい。
ここまで来て後に退けないからだろうか。意固地になっているだけなのだろうか。
もう純粋な冒険心では登れていないのかもしれない。
そうだとしても、ここまで来た自分の道筋がどこかに行き着くのだと信じたい。
願わくば、あの壁を登り切るというところに行き着くのだと信じたい。
それを抜きにして、過程だけに目を向けて「充実」や「成長」という言葉をあてがうのは、あまりにも綺麗事、あるいは絵空事だ。
「結果が出なくても、努力の過程こそが素晴らしいんだ」という考え方は、確かに前向きだろう。
しかし今の僕にとってそれは、どこかに行き着いた人の言う綺麗事だ。
僕はまだ、どこにも行き着いていない。

それでも、その才能に恵まれていない自分が辿り着きたいと望むのなら、 今ここにあるギャップを埋めるために何をしなければいけないのだろうか。
何を用意し、何を身につけなければいけないのだろうか。
1年後、今よりももっとボロボロになっていても、「いい旅だった」と笑えるように。
空しさではなく充足した心持ちでペンを握れるように。

Joshua Tree 25 ⑦

11月21日 レスト
雨。一面ガスの中で、また車中で軽く朝食&コーヒー。

町に下っても特にやることはなく、Stater BrosとWalmartをハシゴ。
それからなんとなくHigh Desert Nature Museumに行ってみたりして、帰ることに。
しかしまだまだ雨模様。こんな天気でキャンプに戻っても夕飯づくりが億劫だな、となる。
29 PalmsのAdministration Officeで水を汲むついでに、あさこさんが「ここにもWiFiあるで」とつなぎに行く。
そこで窓口のおばちゃんにダメもとで聞いてみたところ、「敷地内のピクニックエリアで料理してもいいよ」と言ってもらえた。
行ってみると屋根と壁があって、テーブルと椅子もちゃんとあるので、びしょぬれのキャンプ場よりはるかに快適。ありがたや。
「とりあえず聞いてみよう」という心構えは道を開くなあ、と感心した。



11月22日 レスト
また今日も雨。ガスの中。こんなに天気が悪いJoshua Treeは初めてだ。

一目散に車に乗ってAdministration Officeまで下り、ピクニックエリアで朝食。いやはや快適。
あとは昨日とほぼ同じ...になると思いきや、ちょうど感謝祭に当たったからか、そこら中に露店が出ていて寄り道が捗った。
露店巡りの合間にJoshua Treeの交差点近辺で面白い雑貨屋も見つけ、土産物をあれこれ購入。
昼から夕方までWalmartでひたすらWiFi難民をして、いよいよ行く所もやることもなくなった。

そこでふと、Joshua Tree周辺のシャワー情報を調べてみた。
Stingrayに通ったころはCoyote Conerでシャワーが浴びられたけれど、今は使えなくなってしまって大きな課題だった。
で、しばらく調べているとGoogleマップには出ていない5ドルのシャワーを発見。
どうやらクライマー向けの宿があって、シャワーだけの利用もできるらしい。
予約が要るそうなのでInstagramのDMを送ってみると返信あり。
これで帰国前にシャワーを浴びられることになった。
あとはまた、Administration Officeに行って夕飯。
Stater Brosで買ったハム(角切り)の切れ端詰め合わせがやたら美味く、これはアタリ。
Joshua Treeも4回目だけれど、いろいろと発見があるものだ。


11月23日 Arid Pile
待望の晴れ。気温も上がった。
Acid Crack(12d)をやりにArid Pileへ。
近くにある5.9(★なし)を2本登ってアップしたが、また異様にヌメった。
不人気のせいか岩もちょっと脆く、えらく悪く感じた。

そこから日向ですでにガンガンに暑くなったAcidへ。
ひとまずはこれが礼儀と、リードでOSを狙ってみたが、出だしのタイトなフィンガーからテン山。
どうにかエイドで稼ぎながら8割ほどムーヴをバラして抜けた。
2回目はトップロープでのワークに切り替えたけれど、内容はあまりにも悲惨だった。
暑かったのは間違いないが、それだけとは思えないくらいヌメり続ける。
手の皮がふやけたようになって、水虫かと疑うくらい剥けるし、際限なく汁が出て止まらない。
ムーヴをつなげるどころではなく、これでは核心のランナウトに突っ込む以前の問題。
リードにはとても持ち込めないと感じて、完全に心が折れてしまった。
ロープを解いて一声漏れたのは、「あー、諦めちゃった」だった。
Equinoxなどでクラックの中が湿っているように感じていたのは、自分から湧き出る湿気だったらしい。
原因も分からないので、もう荒むしかない。
ただ暗くなっているわけにもいかないので、無理やり穏やかに振舞ってみたが、当然気は晴れないままだった。
Administration Officeへ行って夕食を作り、キャンプ場に戻った。



11月25日 Geology Tour Road→Pig Pen→Live Oak
クライミング最終日。

あさこさんのEquinoxに付き合って出かけた。
が、どうにも体調が悪いらしく、トップロープを張りに壁の上へ回る途中で引き返してきた。
これは登るどころではないと、Equinoxは諦めてトライすることなく車へ戻った。

それでも登りたい気持ちはあるので、せめてボルダーならとPig Pen(V4)に行ってみた。
あさこさんは課題名がいまいちピンときていないようだったけれど、
岩を前にすると「これ、前にやったことある」と思い出していた。
一方僕はというと、登ったことがあるようなないような。まるで覚えていなかった。
一応、頑張って一撃した。

その後、最後にLive Oakへと移動して、Big Bob’s Big Wedge(V5)。

初めて来たときのツアーで1度だけトライしに来たことがある。
前半のルーフはやはり1回で解決できるけれど、問題は結局出口。
マットがないので、ワイドサイズのカムを突っ込んでリードでやってみたものの、今回も解決できなかった。
驚くくらいに力が出ていないのだけれど、またクラックが濡れているかの如くヌメり続けていた。
そもそもムーヴの目処も立たなかった。
もはや完全に不貞腐れてしまい、撤収してAdministration Officeへ下った。

Officeの駐車場に着いても、車から出る気にもなれずぼんやり、というか呆然としていた。
こんなにもクライミング自体が苦しくなったのは、いつ以来だろうか。
自分の登ることへのエネルギーが戻ってくるのかも分からない。
1年間、思いつくだけの努力をできる限りしてきたつもりだったが、そうして燃えていたものがこんな形で消えていくとは想像もしなかった。
それだけに、今の自分の有様が何もかも受け入れがたかった。

それから2時間ほどかけて、車内であさこさんにぽつりぽつりと弱音を吐き、話し合い、
なんとか考えをある程度整理して、一応元気が出てきたので、ピクニックエリアで夕飯を作った。
これだけ長く弱音も愚痴も、あまり口にすべきでない思いもすべて話して聞いてもらえる、そんなパートナーがいることには素直に感謝している。


11月26日→27日 移動日
帰国する日。
起きて、なけなしのガス缶を使い切る。ギリギリコーヒーまで淹れられた。
「ガス足りてくれー」と念じる

テントを畳み、Administration Officeの駐車場まで行って荷物をパッキング。
長年あちこちを旅してきた相棒、MammutのCargonとはここでお別れ。
加水分解でぼろぼろになり、もう底が透けて向こうが見えるくらいだった。

次に、10:30に予約していたシャワーを浴びに行った。
Joshua Tree Crash Padsという、ゲストハウスとキャンプサイトを併せたコミュニティスペース。
シャワーは天井なしの青空仕様だが、しっかり温水で快適だった。これでひとり5ドルなら十分ありがたい。
海水浴場のシャワーみたいな見た目

Joshua Tree Crash Pads


スッキリとして、スーパーに寄りつつロサンゼルスを目指した。
夕方にロサンゼルスに着いて、レンタカーの洗車、掃除、給油、返却と済ませて、空港へ。
レンタカーの窓口から空港までは、ハードロックでノリノリのおばちゃんが運転するシャトルバスだった。
これくらいラフな働き方でも、全然文句ないんだけどな。日本の社会は真面目なんだなと思う。
人が行き交うターミナルの片隅で長い夜を過ごしながら、つらつらと日記を書いた。

翌朝の飛行機でアメリカを発って、なんだか眠れずしこたま映画を観て、成田に到着。
帰国後最初の食事

成田から家までの道中で耐えらないくらいの眠気に襲われ、高速のSAで1時間ほど仮眠。
どうにかこうにか、スーパーが空いている時間には家に着いた。

2026年1月2日金曜日

Joshua Tree 25 ⑥

11月16日 Real Hidden Valley
ゆっくり7時くらいに起きて、のんびり朝食。
Bodhi Houseをチェックアウトした。オーナーさんには重ねてお礼を言って出た。
快適な暮らしをありがとうございました。
Stater Brosで買い物をして、国立公園のオフィス(Administration Office)で水汲み。
もともとはここがビジターセンターだったらしい。
ビジターセンターは近所に建て直され、ここは各種申請を受け付けるオフィスになったようだ。
ただ、このオフィスにもトイレはあるし、水も汲めるし、ピクニックエリアもWifiもある。
それからBelle Campgroundへ行ってテントを張った。
メインの岩場からは若干離れているものの、小さめで割と静かなキャンプ場だった。
キャンプ設営後は、乾いていそうなフェースを求めてReal Hidden Valleyへ行ってみた。
ここも風はそこそこ吹いていて、おまけに曇ってやけに寒かった。
とりあえずRun for Your Life(10b)を登った。
9年ぶりにリピートしたけれど、なかなかランナウトしてしびれる。
日向に出た方が快適かなと、Houser ButterssのLoose Lady(10a)をあさこさんにおすすめしたけれど、
これはこれで吹き曝しで寒い上に、出だしのムーヴが分からなかったようでクライムダウンしてきた。
どうも、宿で2泊しても体調はすぐれないらしい。
キャンプ場に戻ると、こちらも風が強まっていた。
岩陰で風が弱そうなところにテントを張ったつもりが、夕飯時もひたすら風が当たっていた。
雨対策に張ったブルーシートのハトメも速攻で破れ、ダクトテープがないのでニチバンのテープで補強した。



11月17日 Geology Tour Road
起きると、天気が良く風もおだやか。これですよ、これ。

気分よくEquinox(12c)へ向かった。
駐車場に着いて準備していると、すぐに別の2人組がやってきて、同じ方向へ歩き出していった。
案の定彼らもEquinoxで、しかもホールバッグを担いでいる。おやおや...?
聞くと、彼らはYosemiteから転戦してきたイタリア人チームだった。
やっぱり僕らと同じ動きをしている人がいた。
彼らが先にトップロープを張って探っている間、こちらはアップで左にあるElephant Walking(11d)をやってみた。
すべてボルトのスポートルートだが、やっぱりちょっとランナウトする。
最後の核心まで頑張ったものの、足がスリップしてぽろ落ち。ともあれ、体は温まった。
そうこうしているとまた1パーティ、今度は3人組がやってきた。
スロバキア、チェコともう1か国(どこの国か聞き取れず)の多国籍チーム。
この人たちもホールバッグを背負っていて、当然Yosemite終わりだった。
みんなこういうルートを辿るのかと笑えた。

イタリアペアのトライが終わったので、3か国チームより先にOSトライ。
下部からいきなり危なっかしく、終始ぷるぷるしながら頑張ったけれど、
中間の傾斜が増すセクションで足が抜けて呆気なく落ちてしまった。
惜しいとは言えないトライだった。
クラックの割れ方が見た目ほど素直ではないので、ジャムやカムの決めどころを探るのが難しい。その上で、足下も繊細。
テンションをかけながら探っていくと、ムーヴのひとつひとつはそれほどハードではなかった。
でも、これを一撃したモファットは凄いということがよく分かった。
なんとなくムーヴをバラして抜け、あさこさんがフォロー回収。ムーヴはかなりこなせているように見えた。
あとは3か国チームと世間話をしながら順番が回ってくるのを待ったが、残念ながら暗くなりそうなので撤収した。
ここのアプローチは目印に乏しいので暗くなるのはイヤだった。
とりあえず1本、やってみたかったルートにトライして、まずは楽しかった。
トライ数は少なくても、この充足感は代えがたい。


11月18日 レスト
夜半からまた雨が降り、朝もずっとしとしと。
キャンプ場のテーブルがびしょ濡れなので、車の中でベーグル、バナナ、コーヒーだけの朝食。
とはいえ、コーヒーが美味しいのでまずはOK。

あとは買い物がてら町へ下りた。
Stater Brosで買い出し、それからJoshua Treeの小さな図書館でWifiを繋いだりした。
雨は午前中で止んで、一転して快晴に。正午過ぎにはキャンプに戻り、タープを張り直してしっかり昼食を作った。
そうしているうちに曇ってきた、と思ったら寒くなってまた雨。
テントに引きこもってひたすらトポを読んで半日過ごすしかなかった。
残りは1週間。5.12以上のクラックが複数登れれば嬉しいが、天気が微妙なので焦らずやりたい。


11月19日 Geology Tour Road
夜明け前にトイレに起きると、空が綺麗だった。
朝から快晴で、気持ちよくEquinoxへ。


今日は貸し切りかと思ったら、一昨日のイタリアペアがやってきた。
さらにその後からまた別の3人組が来て、今日もまた順番待ちになった。一番乗りでよかった。
今日は上から回ってトップロープを張り、プロテクションを入れつつムーヴを煮詰める。
クラックの中に湿気が残っていてやけにヌメるような気がした。
さらに、いつのまにか空が曇って風も冷たくなり、ビレイしていたあさこさんを凍えさせてしまった。申し訳ない。
あさこさんが冷え切った手足でどうにかフォロー回収して、イタリアペアがトライして、
3人組が「RP狙うなら先にトライしていいよ」と言ってくれたので、いざリード。
クラックの状態は先ほどよりも良くなっていた。
足の悪さで緊張が続き、動き自体の負荷はそれほど高くなくても、力が入ってヨレてくる。
#0.5のパートから左上ぎみになる辺りからやたらと吠えながら逃げ切ってRPした。

時間的に回ってこなさそうということであさこさんはパス。
回収して帰ろうか、というころで3人組のひとりが登り始め、安定感のある登りでOSしてしまった。
手元にも足元にも、このサイズのクラックの経験が豊富らしい自信が溢れていた。
経験値は、やはり大事。


11月20日 Echo Rock
朝から快晴。前日と違い、午後イチくらいまで晴れていた。
Hurricane Crackをトライしに、Echo Rockへ。


Pope's Crack(5.9)でアップすると、またクラックの中がえらくヌメるように感じた。
前日にいくらか降ったのだろうか。
Pope's Crackは程よく緊張してちょうどよいクラックだった。
あさこさんがフォロー回収して、それからHurricaneにトップロープを張りに行った。
Echo Rockの裏から歩いて上に回り、怖いスラブをおっかなびっくり下ると右隣のルートのアンカーが。
そこからほぼ水平に左へ振ったところにHurricaneのアンカーがあった。
ロワーダウンしていくと、とにかく傾斜があった。カムを差しまくらないと手が届かない。
いざ下からやってみると、やはり左のコーナーから強傾斜シンクラックに移るあたりが悪い。
とにかくフィンガージャムの効きが悪い。浅いし、タイト。
そしてやはりここでもクラックの中に湿気を感じた。
いちばん悪いらしいセクションはしばらく試行錯誤して一部バラせず、その上のセクションはどうにかできた。
クラックが広がってからは割と易しいが、それにしても明らかにヌメりすぎた。
チョークアップして数秒後にでろでろとは。
Yosemiteに来る以前から、そもそも指皮が仕上がっていなかったように思う。それくらいに指はふやふやだった。
1回のトライで可能性をあまり感じられず、風が冷たくなってきてやけに疲れを感じたので、早めに撤収。

キャンプに戻って1時間ほど昼寝。
夕方からは雨が降り出し、豆缶を使ってスープを作って食べ、就寝。
ビッグウォールの疲れなのか、やせ細りすぎたのか、どうにも疲れやすくなってしまった感じがする。

2025年12月30日火曜日

Yosemite 25 ⇒ Joshua Tree 25 ⑤

11月10日 Arch Rock
朝起きて、朝食を済ませ、コーヒーを飲む。
あまりにも暗い顔をしていたのか、あさこさんに「しんどい?」と促され、
そのまま前夜に書きながら考えた陰鬱なことを打ち明けた。
それからゆっくりいろいろと話し、あさこさんの気持ちも聞いた。
今年、もっと自分も戦いたかった。そして来年もう一度2人でSalatheに挑みたい。
あさこさんはそう話してくれた。
「付き合ってもらう」「ついてきてもらう」ではなく、同じ目線のパートナーとして登りたい、と。
悪い癖で、僕はまた「こんなに無理をさせてしまって申し訳ない」と考えていた。
パートナーとして一緒に登るのなら、その意志を信じられるようにしたい。
そうだよね。僕ももっと成長しなくては。

Yosemiteのクラックというよりも、ワイドを1本でも多く経験した方がいいと考えて、この日はArch Rockへ出かけた。
やはり日中の日向は暑く、前日から一晩続いた鬱々とした思考の疲れなのか、やたらと頭がボーっとした。
English Breakfast(5.9)を1P目のチムニーだけ登って、いきなり息切れ。手強い。
次にやった看板ルートのMidterm(10b)は、下部のフィンガーセクションで落ちるかと思った。
とはいえ、4つ星はやはり4つ星だった。こんなのが瑞牆にもあったらなあ。
ただ、終了点の目の前にポイズンオークが枝を伸ばしていて恐ろしかった。
次に右寄りのGripper(10b)もやって、こちらもほどほどの緊張感でOS。
この3本でもう満腹になり、早めに撤収。
Village Storeに行ってみたものの値引きされた肉はなく、豆の缶詰を買って帰り、カレーを作った。
Salatheを振り返り、画伯が描いていた絵



11月11日 Middle Cathedral
Yosemiteでのクライミング最終日。
どこへ行くか2人で話し合い、Middle CathedralのCentral Pillar of Frenzy(5.9 5P)を登ることにした。
若干アプローチを間違えつつ取り付きに着いて、先行パーティは1組いたもののストレスなく登りだした。
奇数ピッチが僕、偶数ピッチがあさこさんでツルベ。
1P目が湿っぽかった以外、特に手強いピッチもなく、5.8~5.9の長く個性のあるクラックが続く。
非常に快適で楽しいショートマルチだった。



今さらながら、Cathedralから真正面に見えるEl Capは素晴らしかった。
ほぼ1日日陰で涼しいので、来シーズンはこの辺りのクラックと、Border Country(5.12)あたりから調整を始めていくのがいいのかも。

早めに降りてシャワーを浴び、Village Storeに行くと念願の値引きチキンがあった。
ひとまずお疲れさまでした、ということでビールと一緒にいただいた。



11月12日 移動日(Yosemite→Joshua Tree)
6時に起き、朝食、コーヒー、それからテントを撤収。
Camp 4を出て、右手に聳えるEl Capに手を振り、Yosemite Westに寄ってデポ品を返却。
それからFresno方面へ向かって一番最初の町、Oakhurstで買い物。
最初の年に見つけて惚れ込んだ、Reverent Coffeeに寄ってコーヒー豆もゲット。
Reverentさん、ダイスキ!

実は2年目以降ずっと来られず、「また豆を買いに行きたいなあ」と思っていた。
前日にあさこさんがDMを送ったところ、すぐに返事が来て、
「明日はFresnoで出店してて不在だけど、注文してくれればお店のキーボックスに入れとくよ!」と親切に対応してくれた。
嬉しくなって3種類も購入。素敵なオーナーでますますファンになってしまう。
コーヒー好きの皆さん、Yosemiteに行ったらぜひOakhurstのReverent Coffeeへどうぞ。

あとは、Joshua Treeを目指してひたすら南下。
Bakersfield付近で道を間違えたりしつつ、概ね順調に走って20時前にはJoshua近くのYucca Valleyに着いた。
丸一日の運転で、さすがに腰と尻が痛くなった。
Yucca Valley郊外のWild Campground(ただの荒野)で泊。


11月13日 Rusty Wall
6時半くらい、ちょうど日が昇る頃に起き出した。
朝食と、コーヒーはReverent Coffeeのパナマ。独特の景色も相まって、美味しい。


テントを畳み、まずはNomad Venturesに行ってトポの3rd Editionを購入。
数年ぶりに来てみても、やっぱりこのギアショップは楽しい。つい長居してしまった。
Joshua Tree国立公園は、Yosemiteとは違ってしっかり職員がいた。
あさこさんの希望で、この日はRusty Wallへ。

ここのメインになる2本のクラックは過去に登っているので、僕はWangerbanger(11c)をリピートしただけであとはビレイ。
あさこさんはWangerbangerを3トライ目でRP。
疲れは抜けないようだけれど、登れているのを見て安心する。
夜はキャンプ...となるが、Jumbo Rock CampgroundもRyan Campgroundも予約制になってしまっていて、
あちこち走り回った末に結局Hidden Valley Campgroundに戻ってきた。
この数年で、Joshua Treeもそこそこ状況が変わっているらしい。


11月14日 Future Game Wall
夜半に雨が降る音で目が覚めた。朝も小雨。
とりあえずテントを畳み、ダメもとで岩を見に行こうとSplit Rockの駐車場へ移動して朝食。

雨はほぼ止んでいたので、ゆっくり食べてからFuture Game Wallへ行ってみた。
ここも随分前に1度だけ登りに来たことがある。あのときはやたらとフリーソロしていたな。
どうにも岩はしっとりしていて、アップにInvisibility Lessons(5.9)をリピートし、Bendix Claws(5.11a)を危なっかしくOSして、
あさこさんが登ったContinuum(5.8+)をフォロー回収して終了。
Bendix Clawsはやたらと悪く感じた。
どうも湿度が高いせいで、クラックに残ったチョークが湿気を吸って余計にヌメっているらしい。
そんな状態でスモールカムを足下にするのは、さすがにビビる。
本題にと考えていたGame without Frontier(13a)はトライできず。

他にあまりやりたいルートもないので、Echo Rockへ移動してHurricane Crack(13c)を見上げてみた。
写真で見るよりもずっと傾斜があって、150度くらいに見える。ほぼルーフ。
アプローチが面倒そうだが、こういうハードクラックは貴重だし、そそられるものがある。


夜から大荒れの予報が出ていたので、偵察後に街へ降りて宿を探した。
WalmartのWifiで1時間くらいかけてリサーチ。
あさこさんが見つけたBodhi House 29!なるゲストハウスが、広いキッチンがあって良さそうということで即決定。
オーナーとWhatsappでやりとりをしたりと少し手間もあったけれど、無事にチェックインできた。
行ってみるとたしかにキッチンが広く、値段もこの居心地なら相当に良心的。
良い宿が見つかってよかった。

それと、初めて来た年(2016年)にお世話になったStater Brosというスーパーがなかなか優秀ということも分かった。
宿から近いので買い物に行ってみると、肉、魚についてはWalmartよりも品ぞろえが良い。
さらに値段も安い。というか、小さめのパックがあるので助かる。
3ドルくらいのちょうどいいポークを買って、夕飯のメインにした。


11月15日 レスト
朝から雨。今日は荒れると分かっていたので、ただただのんびり。
雨は日中に何度か強くなった。Joshua Treeでこんなにしっかり降っているのは初めて見る。

29 Palmsのビジターセンターや、ハンドクラフトが売っていそうな店をYucca Valleyから29 Palmsまであちこち回り、
最後はまたStater Brosで買い物をして宿に帰った。
Bodhi Houseは、ランドリーも10ドルで使える。コインランドリーより安いじゃないか。
天気予報では、この先1週間くらいは不安定らしく、曇ったり降ったりという日もありそう。ただしサイトによってまちまち。
しかし一度宿の快適さを体感してしまうと、キャンプ生活に戻るのが少し辛かったりする。
とにかく晴れて乾燥した気候の中、5.12以上のクラックが登りたい。
Stater Brosでサーモンを買い、ちゃんちゃん焼きにしてみた


2025年12月29日月曜日

Yosemite 25 ④

11月4日 レスト
起きると、当然のように体中が痛かった。
8日間の疲れに加えて、下山の歩荷で足腰がガタガタ。とにかく休息が必要だった。
午前中からValleyにでかけてシャワーを浴び、まずはひとつスッキリ。
風呂だけでも気分が随分と変わる。
それからVillage StoreとWelcome Centerに寄って、トポの2025年版をゲット。
しばらくベンチでリンゴをかじりながら読みふけった。
あとはキャンプに戻ってだらだら。
翌日帰国するゆいあいペアからいろいろともらいものをした。ありたがや。
8日間留守にしたら、テントに穴が開いていた(おそらく獣)


11月5日 レスト
雨。そして風も強い日だった。
ブルーシートのフライが飛ばされそうなので張り綱ではなく地面に直打ちし、Sonoraへでかけた。
洗濯、Walmartでの買い出し、それから昨年に続いてMike's Pizzaでピザ。
今回もやっぱり、ピザというよりサラダを食べに来た感じになった。

うめえ

日本から持ってきたコーヒー豆が底をついたので、Sonoraのダウンタウンでコーヒーショップを探しつつぶらぶら。
なんだか絵に描いたようなレスト日だったけれど、二人とも前腿とふくらはぎが筋肉痛でヨタヨタ歩くので限界だった。
2日目に筋肉痛のピークが来ていることに、年齢を感じざるを得ない。
Reviveというお店のコーヒーを買った


11月6日 Pat&Jack
前日遅くまで雨が続いていたようで、山の中はびしょ濡れ。
Walmartで買える鶏の砂肝とハツを炒めて弁当を作り、ゆっくり出発してPat&Jackへ。
4年目だけれど、僕としては初めて来た。
駐車場からのアプローチは至近で、5.10~5.12まで程よく揃っているし、リハビリにはちょうど良かった。
弁当が美味い

Knob Job(5.10b)、Knuckle Head(5.10b)を登り、あさこさんがフォロー回収して体を動かす。
近くにいたアメリカ人パーティが写真を撮ってくれた

3本目にやったThe Tube(5.11a)は日差しの熱さもあって声が出た。苦しかったがギリギリOS。
The Tube

4本目のRocky Horror Show(5.12a)は中間部のボルトセクション(つまり核心)で足がスリップして落ちた。
そこから上は落ちずに抜けた。テクニカルなステミングで面白いルートだっただけに残念。
5.11を越えるコーナーや、フットワークが問われるピッチでは、本気シューズでやるのが良いらしい。
ビッグウォールであっても、足のプレッシャーが軽減される分その方が気持ちが挫けないのかもしれない。
そりゃあBabsiがEl Capをスクワマで登っているわけだ。
Rocky Horror Show


薄暗くなる中、最後にSherry's Crack(5.10c)をやって、タイトなフィンガーロックを谷染みつつOS。
この時には日が陰り、谷の上の方からはガスが下りてきていて、涼しさを感じながら快適に登れた。

中2日で、筋肉痛はまだあるものの、体は少しほぐれてきた。
しかし予報は、11月13日から5日間ほどの長いストームを告げていた。


11月7日 レスト
Glacier PointのMr.Natural(5.10c)を軽く登りに行こうかと出発したものの、
車内であさこさんがあまりに具合が悪そうにしているので急遽レスト日に変更した。
8日間のプッシュと下山、その後の食べ過ぎ気味の生活で回復が追い付かないらしい。無理をさせてしまったなと感じる。
まずは少しでも疲れを抜こうとシャワーを浴びて、Villageの駐車場で少し荷物を整理。
Degnan's Deliで少し通信をして、Village Storeで買い物をしてキャンプに戻った。
ひとまず1日休んで少し回復したので、翌日から1泊でWashington ColumnのSouth Faceに行くことになった。
予報を見ると、ストームは11月17日まで居座り、その後数日は曇り。
11月21日からやっと晴れるようだが、帰国日(26日)から逆算すると11月19日にはゴーアップできないと厳しい。
ストームが早く抜けて、24日まで好天が続くことを祈るしか、今はできない。
その見通しが立てられるのは、もう4日ほど後の話になりそうだ。


11月8日 Washington Column(South Face)
4時に起きてキャンプを畳み、車中で朝食を摂りながらAwanee近くの駐車場へ。
トイレを済ませて歩いていくと、Washington Columnの壁が真横に見えるくらいで明るくなってきた。
岩の取り付きまでは1時間ほどで着いた。

Washington Column

対面にはHalf Dome

最初のⅣ級のアプローチにはロープが張ってあり、その上からが1P目(5.8)。
奇数ピッチをあさこさん、偶数ピッチが僕で、ツルベで荷上げしながら登っていった。
昼前には余裕をもってDinner Ledgeに着いた。


先行パーティが4P目のKor's Roofより上に列を作っているし、日差しも強烈に暑いので、荷物で日陰を作ってレッジで昼寝。
15時くらいに登り出せば、2ピッチ分はロープを伸ばせるだろうと考えて待ったが、これが相当に甘かった。
15:30くらいに登り始め、Kor's RoofをA0で越えて、あさこさんがフォローしてきたところで17時前。
ここで日が沈み、次のピッチの半分くらいの位置にあるアンカーまであさこさんが進んだところで真っ暗になった。
翌日の朝イチから継続しようと、ロープをフィックスしてビバーク地になるDinner Ledgeに戻ったものの、
あさこさんはやはりEl Capの途轍もない疲れが抜けないようで、心配になった。
夕飯を食べながら、これ以上続けても悪化の一方だろうと、朝イチで回収して下山することを提案した。

Salatheの後、少しでも前向きなクライミングが出来ればと1泊2日のSouth Faceを計画してみたが、なかなか上手くいかなかった。
グレードを抜きにして、Yosemiteの壁はどうにも甘くない。


11月9日 Washington Column
6時半くらいにゆっくり起床。
夕飯用に持ってきた古いAlpine Airが酸化して食べられる味ではなかったので、昨日の夜は朝食用のリゾッタを食べた。
で、今日の朝食はマッシュポテトと行動食のあまり。ちょっとひもじい。
昨日残したロープをユマールして回収。あとはまっすぐ下降した。
ちょうど週末で、下からは次々にSouth Faceを登るパーティが上がってきていた。

地上に戻り、シャワーを浴びてからCamp4にチェックイン。
人員も給料もカットされているのに、にこやかに受付をしてくれるレンジャーには頭が下がる。どうか、報われてほしい。
サイトにテントを張り、荷物を運んで、昼食のブリトーを作って食べた。
その後はVillage Storeに出かけて買い物をし、読書と散歩で時間を潰した。


毎日天気予報を見て一喜一憂してきたが、昨晩ついにDinner Ledgeで、Yosemiteを離れてJoshua Treeへと南下することを提案した。
予報を見れば、妥当な決断なのだろう。
つまりはこれで、今年のSalatheは終わったということだ。
気持ちのやり場がないというのか、唖然としているというのか。

今年のトライで分かったことは沢山ある。
・プッシュまでの調整として現地のルートを登って順応すること
・ジムでの登り込みよりも山での長時間行動のトレーニングが必要なこと
・ワイドクラックの経験を積みなおす必要があること
・水の量は壁の序盤と終盤で差をつけられること
・P29を除く各ピッチの内容とギア、ムーヴの概要 etc.
事前に予測できただろうと思うことも、やってみたからこそ分かったことも、両方ある。
それをひとつでも多く持って帰ることが、今年のツアーの成果と言うことは、多分できるのだろう。

それでも、4回目を終える前ではあるけれど、それらをひとつずつ克服したとして、本当にSalatheが登れるのかが、分からなくなってしまった。
むしろどうしたら自分にあのルートが登れるのか、分からない。
どうしたらいいのか、どうしたらよかったのか。
新しい技術を学んだ。
登る力もつけたつもりだったし、そのためのトレーニングをしてきた。
暑くても寒くても登る気持ちがあった。
時間もお金もその他のものも、注ぎ込んできたつもりだった。
天候だけはコントロールのしようがないので、せめてチャンスを増やせればと、ツアーの期間もこれまでより長くした。
それでも、未だに見えてこない。
頂上からラペルして核心ピッチをワークするという方法を受け入れていればよかったのだろうか。
「それでも毎回グラウンドアップでやりたい」という考えが、自分の身の丈に合っていなかった。単にそういうことだったのだろうか。

来年は、ないかもしれない。
こんなにも来年のことを考えるのが苦しいのは初めてかもしれない。
来年、あさこさんが別のルートに挑戦したいと思うのなら、パートナーを頼むわけにはいかない。
あさこさんはあさこさん自身のクライミングをすべきで、自分の夢を負うべきだと思う。
それなら自分は1年空けて、ということかもしれないが、気持ちは続くのだろうか。
そもそもその時に、パートナーは見つかるのだろうか。

毎年パートナーが変わり続けた4年間そのものが、一体何だったのか。そうとすら思えてくる。
時間を戻せるのなら、とまで考えてしまう。
Joshua Treeのルートをあれこれ調べて気を紛らわすのも、あまり効果はないらしい。
涙が出そうになりながら一人で日記に書きなぐり、秋の終わりの夜の冷気が体に染みる。