2016年4月3日日曜日

雪がない春

4年前、Bishopツアーを終えてから、僕は山に入りました。
場所は北アルプスの鹿島槍ヶ岳。
当時SACの2年生だった僕は、先輩のE川さんと二人、鹿島槍の北壁を登ろうとしました。
結果は、季節外れのドカ雪にやられて、BCとなる天狗の鼻までしか行けず。
そびえる北壁を目の前にして、敗退を決めました。
後になって考えると、あの時のラッセルの深さは異常だったけれど、
「後立山のルートは厳しいなあ」なんてことを思った覚えがあります。

留学やら何やらを経て、こんなに時間が経ってしまいましたが、
今回はこの宿題を回収しに行ってきました。
パートナーは今回もE川さん。そりゃあ、同じメンバーでないとね。

28日に松本で準備して、29日に入山。
この冬はとにかく雪が降らず、「また春にドカッと降るんじゃないだろうな」と、
内心ハラハラしていたのだけれど、結局最後までろくに降らず、
山は見るからに黒々としている。
天狗尾根の取り付きにあたるアラ沢出合まで行って、もう明らかに雪がない。
尾根の末端なんか、地面が出てるし。
これは、少なくともアプローチは楽だな、と少し嬉しい反面、
こんなに雪がなくて大丈夫なんか、という不安もあった。
渡渉もこんな感じ

急な尾根を半分木登りみたいな状態で登って、
春みたいな、というか春そのものの陽気の中、天狗の鼻を目指す。
「4年前はここで1泊」、「ここで雪洞掘った」とか思い出す箇所もあったけど、
あの時はずっと雪が降っていたし、対して今回は快晴、ラッセルなしでは、
もはや全く別の尾根を登っているみたいだった。
第1、第2クーロワールも問題なく越えて、昼過ぎに天狗の鼻に着いた。
風邪を引きずっていたE川さんはお疲れの様子

BCを設営して、北壁を眺める。やっぱり、予想通り黒い部分が多い。
「前回、もっと白かったですよね?」「・・・・」

30日は天狗尾根から鹿島槍北峰に立った。
名物(?)のキノコ雪もなく、ひたすら固い雪面を歩いた。
アラ沢の頭の直下にある岩場も、適度に雪氷がついていたのでザイルを出さずに通過。
稜線に上がってからはもうすぐだった。
前回天狗尾根ですらあんなに遠く感じたのに、あまりにあっけなく山頂に着いた。
感慨はありませんが、顔は笑っています

下りは岩場で懸垂して、尾根の急な部分はクライムダウン。
下ってみると、天狗尾根の急さがよく分かった。
時間が有り余っていたので、北壁の取り付きへ向かったちょっとトラバースして、
大方問題なく行けそうだということを確認してBCに戻った。
それでも着いたのは9時前。早い、早すぎる。
ということで、残りの時間はひたすらテントでだらだらした。
夕方には天気が崩れ、少々の降雪と強風に見舞われた。
「これで積もると、ちょっと厳しいかね」と言って心配したものの、
降雪は大したことなく、ほとんど地吹雪だった。
夜に起きて吹き溜まった雪を掻いたりしたけど。

31日、天気は穏やかだった。
雪もほとんど積もっていなかったので、予定通り北壁へ。
ルート図から検討した結果、登るルートは主稜に決めた。
天狗尾根の最低コルから北壁の下を横切るようにトラバースしていく。
これが思ったよりも長く、主稜の取り付きのスノーコルまで2時間近くかかってしまった。
北壁と呼ばれているものの、実際この壁は結構東向きなので、朝日がよく当たる。
暖かくていいけど、日向の雪がすこしジャリジャリのコーンスノー気味なのが心配になる。

急な雪壁を2ピッチ登り、見上げると、行く先は完全に氷瀑だった。
ルート図には、「雪壁」「氷雪壁」「岩場」という単語しかなくて、
あの辺が本にあった20メートルの岩場かなー、という箇所も、
雪が少しだけついた脆そうな壁か、その隣の氷爆しか見当たらない。
こ、これはどういうことだ?雪がなさすぎるとこうなるのか?
とりあえず氷瀑の一段目は左から巻いて上がり、二段目を前に二人して唖然。
これ、完全にバーティカルアイスじゃん!
しかもトポの情報から、アイススクリューは要らないと勝手に考えて、BCに置いてきた。
岩場から顔を出す灌木も役に立ちそうにない。
つまり、20メートルくらいノープロになる。うわー、これはやばいぞ。
でも、これを越えないと登れない。
スクリューを持ってきていないのは痛恨のミスだけれど、押し切ってしまえ。
ということで、僕がリード。
バーティカルアイスの目の前に少しだけついた雪に、申し訳程度にスノーバーを入れて、
その上に生えている毛みたいな頼りない灌木にスリングを巻いて、突撃。
あとはもう必死でアックスを打ち込み、引き付け、アイゼンを蹴り込んでいた。
ありがたいことに氷の状態は良く、登り自体は快調だった。
しかし如何せんノープロ。落ちれば雪面に叩き付けられてさようなら。想像したくもない。
岩よりも慣れていないし、不確実性も高いので、
久しぶりに「落ちたくない」とひたすら考えて登った気がする。
とにかく、垂直の氷瀑を登り切って、傾斜が落ちたところで、やっと灌木に支点をとった。
氷のグレードはわからないけれど、必要以上に難しく感じた。
いい登りだったかどうかはともかく、渾身のクライミングだった、気がする。

フォローでE川さんが「なんじゃこりゃー!!」と叫びながら上がってきて、
もう1ピッチ雪壁を登って、リッジに挟まれた広い雪面に出た。
この辺は主稜の形がはっきりしなくなる。
広い雪面をずんずん登り、一度ルンゼ状に入り込んでから、
その上部がまた氷なのを見て、横の雪が乗った樺のブッシュに逃げた。
これがアタリだったのかハズレだったのか、
クライミング自体は簡単だったもののとにかくスピードが上がらなくなった。
トポには「主稜で一番快適な箇所」とか書いてあったと思うのだけど、ちっとも快適じゃない。
樺はぐらぐらするし、雪は不安定で固まらないし、傾斜はきつくほとんど壁。
とにかく登りにくいこの部分で、思っていたよりもはるかに時間を食ってしまった。
ロープを出して3ピッチ藪クライミングを堪能し、最後に崩れそうな雪のリッジを乗っ越して、
やっと雪質も灌木もしっかりした斜面に這い上がった。
核心は明らかに下部だとはいえ、この藪クライミングが予想以上に重かった。

既に3時を回っていたので、最後の雪壁でスピードを上げた。
気分だけはアイガーを駆け上がるウエリ・シュテックだったけど、そんなに速くはなかった。
ともかく、4時過ぎに北峰の山頂を踏んだ。
これは南峰

気分は良かったけど、お疲れの様子

4年前に憧れて、思い描いていたような爽快感は、残念ながらなかった。
思ったようなクライミングが出来なかったからかもしれない。
でも、とにかく開放感と安堵感があった。
普段自分がやっているフリークライミングと、こうしたアルパインクライミングは違うもので、
それなら感じるものにも得るものにも違いがあるんだろう。
4年も経ってしまったけれど、僕はこの山に戻ってきて本当によかった。

その後は天狗尾根を慎重に下り、BCに戻った。
E川さんが隠し持っていた缶ビールで、4年越しの宿題回収を祝った。

4月1日、エイプリルフール。だからどうということもないけど。
この日は下山日で、ゆっくり起きてテントをたたんだ。
天気は結局ずっと良くて、暑いくらいだった。
第2、第1クーロワールを60メートルの懸垂で降りて、あとはひたすら歩き。
尾根の末端は、入山日よりもさらに雪がなくなっていた。
たった数日で、季節がはっきり変わってしまったように思えた。
里は春の陽気、20度近くまで上がったらしかった。

大町周辺の山に行ったときは恒例の薬師の湯に入って、
大町で牛丼を食べて、数日ぶりにしっかりたんぱく質を摂って満足。
帰りのドライブは早くも眠気が顔を出した。


4年前は季節外れの雪、今回は暖冬で雪がない、
というどっちにしてもイレギュラーな状況での山だったけれど、
とにかくずっと自分の中で燻っていたものが取れて、すっきりした。
「登らなきゃ」という義務感があったわけではなく、
単純に「登っておきたい」という気持ちがあった。
今となっては不思議なくらい、鹿島槍の北壁は僕の中で特別な存在だった。
ボルダーでもルートでも、そして山でも、
壁とラインに理屈抜きで驚嘆し、憧れるその気持ちを忘れずにいたいと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿