2022年12月15日木曜日

燃える心

『油断』という言葉がある。由来は諸説あるそうだ。
そのひとつは、比叡山延暦寺にある法灯で、最澄の時代から火をたやさないよう、油を継ぎ足しているという逸話から、というもの。
この話は中学生くらいの頃に、聞いたことあった。
今再び思い出してみると、ひとつの疑問が湧く。
「継ぎ足した油が違う油になったら、その火は同じ火だと言えるのだろうか?」

ヨセミテから帰った翌週、不動沢の宝島岩にあるプロジェクトを登った。
パートナー見つからなかったので大ザルに声をかけてみたら、ビレイだけしに来てくれた。
ありがとうございます。
海の向こうへ行っている間に瑞牆の季節は進んでしまい、冷たい風が吹いていた。
天気がいいので、日向に出るまでの我慢と考えて、千両滝の横を下った。
取りつきに着いてみると、なんとルンゼの側壁にある1P目まで日が差し込んでいる。
おかげで極寒の中震える羽目にはならずに済んだ。

このルートは宝島や浸食の造形をリボルトした後、ラペルして掃除とボルト打ちをした。
浮いている岩もそこそこ落とし、ここだとラインを定めたのが梅雨入り前。
壁のあちこちに生えるツツジが満開で、綺麗だった。
3ピッチの、おそらく5.11の真ん中くらいになりそうなルートに見えたので、
フィックスにぶら下がってムーヴを探ることはせず、地面から順番にトライすることにした。
それから、ヨセミテに向けたトレーニングやらなにやらに精を出しているうちに夏が来て、
何度か掃除の続きをしに足を運んだものの、登れそうな状態になったところで出発となってしまった。

1P目は千両岩と宝島岩の間のルンゼの左壁、顕著なコーナークラックに入っていく。
すぐ左にどうやら室井さんの銀竜草というルートがあるらしいが、完全に自然に還っていて詳細は分からなかった。
ヨセミテ帰りの固くない手の皮には、瑞牆のクラックはなかなか痛い。
ひんやりとした空気と岩、ジャムを決めるたびに食い込む結晶を感じつつ、懐かしさも覚えた。
コーナーを登って壁の中段のブッシュに突っ込み、2P目の取りつきまで伸ばしてピッチを切った。

2P目は宝島フェースの右端、茶色っぽい壁のコーナーを登り、後半は右上のフェースに出る。
コーナーの中は岩が脆く、クラックの中は埃っぽくてあまり快適ではない。
おまけにすぐ横に長さ2メートルほどのエクスパンディングフレークがくっついている。
これはどんなに蹴っても、鉄棒を差し込んで引いても取れなかったので、そのままになっている。
叩くと明らかにマズそうな音がするこのフレークをおっかなびっくり掴んでコーナーを抜けた。
フェースに出ると岩が固くなり、緊張も解けた。
もう少し入念に掃除をしてもよかったな、とも思うけれど、そこはあまり気にしないことにする。

3P目は宝島フェースの右側が張り出し、バットレス状になったその頭へと抜けていく。
フェースムーヴをこなすとぽろぽろと欠けそうなアンダーフレークがあり、
出来るだけ丈夫そうな奥の方へとカムを突っ込む。
フレークを抜けた先の核心が思っていたよりも長く、結構ドキッとした。
ラインを見定めて掃除したときにどんなホールドがあったか、だんだん淡くなってきた記憶を頼りに手を出していくと、
最後のマントルまでなかなかハリのあるクライミングになった。

大ザルがユマールで登ってきて、フィックスも巻き上げ、木に巻いてあった捨て縄も回収した。
これでこの壁に残ったのは自分が打ったハンガーボルトのみ。
今回は、これでいいだろう。


グラウンドアップ、それも完全にフリーでのグラウンドアップに憧れる気持ちが、今の僕にはある。
しかし当然、それはそう滅多に実現できるものではない。
よほどの幸運で、諸々の条件がそろっていない限り、手をつける前に相応の選択をすることになる。
ラペルするのか、下から登るのか。
ボルトを打つのか、打たないのか。
リハーサルをするのか、しないのか。
すべての選択が後者となるようなルートに出会えることは稀だろうと思う。

善し悪しの話をするのであれば、オールフリーでグラウンドアップ、しかもオンサイト、というのが一番いいのだろう。

この数年の出来事の中で、自分の理想について想いが揺らぐことが何度もあった。
休職と転職、新たな生活、Humbleの完成、五島でのクライミング、宝島との出会い、リボルト、そして初めてのヨセミテ。
僕の場合、揺らいだ想いが再び定まるのには時間がかかる。
単に優柔不断なのか、それとも心が未熟なのか。それは分からない。
ともかく、その揺らぎの中で僕はこのルートを登ることに決め、ラペルで掃除とボルト打ちをした。
そしてひとつまみのこだわりで、リハーサルはせず地面から登ることにした。
ラペルで掃除をした時点でルートの内容は大まかにわかるし、ホールドやプロテクションの予想もついてしまう。
だからこれはオンサイトではないし、グラウンドアップでもないのだろう。
ともすれば中途半端なやりかたに思えるし、よりよい登り方があったかもしれない。
しかし、「それでもせめて」と地面から登ることにしてよかった、と思う。
冬の足音を聞きながら、日の当たる宝島岩を登った時間は充実していた。

スタイルのことはともかく、宝島や隠し金探しのようなルートを初登したいと、よく考える。
それら名作にはまだまだ及ばないけれど、このルートは僕にとっては十分に楽しく、価値のあるものだった。


継ぎ足した油が違うものだったとしたら、もうそれは同じ火とは言えないのかもしれない。
それがもし油ですらなく、薪になってしまったら、やはり同じ火とは言えないだろう。
しかし依然、火はそこで燃えている。熱を発している。
その火がただ揺らめいているだけでなく、蒸気機関のようになにかを前に動かしていくのなら、僕は燃やし続けたいと思う。

燃える心 3P 5.11b
1P目 5.10a 30m NP
2P目 5.10c 20m NP+ボルト1本 
3P目 5.11b 20m NP+ボルト2本
使用ギア カム#0.3~#4、オフセットカム数個、アルパインドロー複数本


〈追記〉
燃える心、というのはヤマツツジの花言葉をもとにつけました。
が、この岩場に咲いていたのはヤマツツジではなくミツバツツジだった模様。
名前を変えるかどうか0.5秒くらい考えましたが、結構気に入っていたので変えないことにしました。
ちなみにミツバツツジの花言葉は、「節約」だそうです。

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